流行歌は、なぜ時代と共に人々の記憶から消えていきやすいのか

 1.そもそも「歌謡曲」とは何で決まるのか

 一般的に歌謡曲(流行歌)と呼ばれているジャンルの歌は無数にありますが、純粋に音楽理論の観点から「これは歌謡曲である」と定義できる基準があるかというと、実はそうしたものはなさそうです。

 歌謡曲に限らず、音楽理論だけで厳密に「クラシック/ポピュラー」「歌謡曲/フォーク」を区分することは出来ません。多くの場合、それらは音楽構造そのものよりも、それが成立した歴史的背景、文化、流通の文脈によって分類されているのが実情です。

 音楽理論が明確に扱えるのは、ジャンルではなく下記のような構成要素です。
    音階(長調・短調・旋法)
    形式(ソナタ形式、三部形式)
    技法(対位法、フーガ)
    拍節・リズム構造

 つまり、音楽のジャンルは、音楽構造 × 歴史 × 社会 × 流通、他の複合的な概念であり、理論だけで線引きはできないのです。


2.なぜ歌謡曲は、記憶に残りにくいのか
 それでは、時代を超えて記憶に残りやすい歌、忘れられやすい歌という傾向に、影響を与えている大きな要素は何なのか。以下は一つの仮説に過ぎませんが、私は「その音楽が形式化されているかどうか」という要素が大きいのではないかと考えています。

 歌謡曲には、楽章構造、定型的な形式(○小節  ×  ○部)、必須の音階やモード、演奏作法といった強制力を持つ「型」が全くありません。そのため、ある歌が時代を越えて残るとき、「歌謡曲の典型」としてではなく、「あの時代のヒット曲」というような、漠然とした形で記憶されがちです。 これは継承の仕方としては、非常に脆弱です。

 


3.形式よりも重要な「制度」

 クラシック音楽では「形式」はあるものの、時代と共にそれまでの形式を破壊する試みも繰り返し行われてきています。それでも、過去の名作が完全に忘れ去られることはありませんでした。

 これは形式そのものより、「形式を保存・再生する制度」が確立しているからでしょう。具体的には、楽譜という記録手段・演奏教育の体系・名作を繰り返し再演する文化、といった要素が思い浮かびます。

 つまり、過去の名作が記憶に留まるかは、音楽の形式そのものより、「形式を保存・再生する制度」が確立しているかどうかが、重要になってきます。

 歌謡曲は本質的に、放送時間・販売数・知名度・価格、といったメディア制約に最適化された芸術です。自由度が高いため、学ぶべき形式というものがありません。また、再演の義務もなく、唱歌のように作品が教育課程に入っている訳でもありません。

 実際には、カラオケルームなどで、若い人たちが年配者が歌う曲を聴いて、なんとなく古い歌を記憶していくという事があるかもしれませんが、それは継承とは言えません。結果として、名曲であっても「個人の思い出の中」にのみ、閉じ込められやすいということが言えると思います。

 


4.歌謡曲は、強制力ある形式と継承制度の双方を欠いている
 俳句や和歌あるいは能楽にみられるように、一般的に「形式を持つ芸術ほど継承されやすい」という傾向がありますが、歌謡曲は強制力ある形式と継承制度の双方を欠いています。

 自由度が非常に高い一方、形式或いは型と呼べるような「再生産の回路」が弱かったこと、さらに歌い継がれるための制度のようなものが無かったことが、忘れられ易い、大きな要因ではないかと考えています。

 最近では谷村新司の『いい日旅立ち』など、特定の歌では音楽教科書に採用される曲も出始めているようですが、これまでは、名作歌謡であっても、それを教育制度の中で学んでいくという文化自体がありませんでした。
 それが形のある記憶としてではなく、単なる郷愁として残っている原因の一つなのかもしれません。

 


5.再生産されるための仕組みは作れるか
 表題曲『三百六十五夜』のような歌は、原曲そのままの形で継承しようとしても、今の時代に合わないのは当然で、若い人達に違和感を持たれるのも自然なことです。

 そうではなく、こうした名曲を継承していくためには、原曲を基に時代に合った形にアレンジして再生産する、あるいは曲全体ではなく、優れた旋律や構造を部分的(局所的)に、容易に再利用できるようにする、またそういう制度や文化を醸成していく事が必要ではないかと思っています。

 これは、IT分野における「オブジェクト」の考え方に近く、音楽を分解し、再利用可能な単位として扱うイメージです。現在の技術を使えば、半自動的にインストゥルメンタル形式に変換する(楽器だけで演奏される楽曲にする)ことも、そう難しくはないでしょう。

 また、歌の聴き手自身が、好みの楽器演奏に容易に変えられるようにしたり、それを新たなオブジェクトにすることも、純技術的には実現可能だと思います。

 


6.音楽文化継承の悩みの共通性
 ただ、具現化するためには、著作権問題や認定登録方法をはじめとした制度設計、文化的合意といったクリアすべき課題がたくさんあるはずです。
 こうした、「歌を思い出として消費するだけで終わらせない」ための模索は、今後ますます重要になってくると思います。

 もっと視野を広げれば、これは我が国の “歌謡曲” という狭いジャンルだけの問題ではなく、同じように固有の民族音楽や大衆音楽で音楽文化継承の悩みを抱える各国に共通する、広く重要な “国際的な課題” ではないかとも感じています。

 


<<補足説明>>
(*1)オブジェクト
 コンピュータ上で操作・処理の対象となる、「データと手続きをまとめた作品」などを指し、再利用性を向上させるソフトウェア開発の基本概念になっています。

 

 

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