大空を自由に飛び回れる “鳥” に憧れたことのある人は、少なくないでしょう。遥か上空から世界を俯瞰できる “鳥” は、昔から自由や希望の象徴として歌(詩)や物語に描かれてきました。
大空を自由に飛び回れる “鳥” に憧れたことのある人は、少なくないでしょう。遥か上空から世界を俯瞰できる “鳥” は、昔から自由や希望の象徴として歌(詩)や物語に描かれてきました。
つまさき坂(リンク)
春先の坂道には、時折、『人』の記憶を呼び戻すような風が吹くことがあります。 平地では忘れていた感情が、坂の途中でふと蘇り、まるで『坂』が過去と現在を隔てる境界線のように感じることがあるからです。
そんな坂道で、元恋人と『偶然すれ違う一瞬』を、鮮烈な情景として描いた歌がありました。
さくら貝の歌(リンク)
海辺を歩いていると、ふと目に留まる小さな “さくら貝”。―――
拾い上げたことのある方も、多いのではないでしょうか。手のひらに載せると、その淡い色は、なぜか遠い記憶を呼び起こします。
『さくら貝の歌』は、そんな言葉にできない想いを、静かにすくい上げた一曲です。
人が一生のうちに出会う作品の中で、何十年経っても心の奥に残り続けるものは、そう多くありません。今回は、私の胸に深く刻まれている三つの作品をご紹介したいと思います。それは、歌、映画、そして童話です。
軽やかでありながら、どこか胸の奥に残る歌があります。『旅の夜風』はその典型のような曲で、聴いていると、心が浮き立つようでありながらも不思議な余韻を残します。前・間奏部も含め、流れるようなメロディと歌詞が耳に心地よく、昭和13年の発売当時、空前のヒットを記録しました(*1)。
戦国の世を駆け抜けた名将・武田信玄。その生涯を讃える歌として昭和に大ヒットしたのが『武田節』です。勇ましい旋律と共に響く「風林火山」の詩吟は、戦国の智将の生き方を現代にも伝えています。今回は、この名曲と信玄の事績を重ね合わせながら、彼の戦と統治の思想をたどってみたいと思います。
今回ご紹介する2曲は、「チャペル」というキーワードで結ばれた、愛と人生への応援歌です。“チャペル(礼拝堂)”は、一般的な日本人にとって、非日常的な存在でありながら、西洋への憧れ感が強かった昭和中期の若者にとって、象徴的な場所でした。
作家の五木寛之がある時、美空ひばりとの対談の中で、「私の歌の中でどれが一番お好きですか」と尋ねられたことがあったそうです。五木が迷わず『津軽のふるさと』と答えると、美空は少し意外そうな顔をして「ああ、そうですか」と返したとのこと。
日本の童謡の中で、この『月見草の花』と『花かげ』は、素晴らしい名曲であるにも関わらず、あまり知られていないのが不思議です。若い世代にとっては無理もないことかもしれませんが、還暦を過ぎたような方の中でも、ご存じの方はあまり多くないように思われます。
『智恵子抄』というのは、詩人・高村光太郎が、妻・智恵子との30年にわたる軌跡を詩に綴った作品集の名前です。リンク先で紹介している楽曲は、この詩集の主人公である高村智恵子(旧姓・長沼チエ)をテーマにした歌で、昭和39年(1964)に、二代目コロムビア・ローズ(ローズⅡ)の歌唱によって大ヒットしました。
1970年代後半から、現在に至るまで活躍を続けている、原大輔という歌手がおられます。フォーク・ニューミュージック・シャンソン・カンツォーネ・クラシック・歌謡曲・演歌・童謡・アニメソングまで、実に幅広いジャンルを自在に歌いこなす方です。
『誰故草(たれゆえそう)』という名前の植物をご存じでしょうか。この可憐な花は、現在では絶滅危惧種に指定され、自然の中ではめったに見かけることができません。人里離れた山奥の小道の果て――そんな静かな場所に、そっと咲いていることが多いのだそうです。「誰のために、こんなにも可憐な花を咲かせているのか」そんな風情ある想いが込められて、この風流な名がつけられたと言われています。
■面影橋
面影橋は、高田馬場のほど近くにある、ごく普通の小さな橋です。見た目に特別な趣があるわけではありませんが、その名前にはどこかロマンが漂い、耳にするたびに胸の奥がほんのりと温かくなります。
『月の沙漠』は、誰もが子どもの頃に一度は耳にしたことのある童謡だと思います。しかし不思議なことに、大人になって改めて聴いてみると、そこには言いようのない寂しさや幻想が漂っていることに気づかされます。