大人にとって、古くから歌い継がれてきた「童謡」には、どのような意味があるのでしょう。それは、単なるノスタルジーに過ぎないのでしょうか。
今回は、古い童謡をいくつかご紹介するとともに、その童謡が記憶の引き出しを開け、固まった感性をほぐす側面についても考えてみたいと思います。
大人にとって、古くから歌い継がれてきた「童謡」には、どのような意味があるのでしょう。それは、単なるノスタルジーに過ぎないのでしょうか。
今回は、古い童謡をいくつかご紹介するとともに、その童謡が記憶の引き出しを開け、固まった感性をほぐす側面についても考えてみたいと思います。
千二百年以上前の日本では、今の私たちからすると驚くほど国際色豊かな音楽会が催されていました。また、和歌の世界で使われる枕詞(まくらことば)には、長い歴史の中で育まれてきた興味深い背景がありました。
八洲秀章が作曲した『草山に』という歌をきっかけに、今回は、こうした日本の音楽や言葉の歴史の一端をたどり、思いを巡らせてみたいと思います。
「おもいで」という言葉は、歌やエッセイによく似合うからでしょうか。この言葉を題名やテーマにした作品は、数えきれないほど作られてきました。
今回ご紹介する2曲も、この言葉を題名にした歌です。いずれも昭和中期の作品で、大ヒットした楽曲ではありませんが、自分の青春期を静かに思い起こさせてくれる、印象深い歌です。聴く人の心にも、深い余韻を残してくれます。
君の名は(歌:リンク)
人は、忘れようと思えば思うほど、忘れられなくなることがあります。昭和27年(1952)NHKラジオで始まった連続放送劇『君の名は』は、そんな “忘れられない想い” を描いた物語でした。
幕末維新の嵐が未だ冷めやらぬ明治初期、一人の英国女性が、若い日本人通訳を伴っただけで、外国人がほとんど足を踏み入れない日本の奥地へ分け入っています。
東北の険しい山間部を通り、北海道のアイヌ集落まで踏み込んでいますが、今回はその旅の記録を辿りながら、改めて「旅」とは何なのかを考えてみたいと思います。
『窓に凭れて』――この題名を初めて見て、すぐに読める人は今では少ないでしょう。「まどにもたれて」と読みますが、私もこの曲を知らなかったら読むことはできなかったと思います。
にもかかわらず、題名にこうした漢字が使われているということは、この歌が出た当時は、普通にこの漢字を読める人が大半だったのでしょう。
路面電車(歌:リンク)
「路面電車も 貸本屋さんも いまはないこの街……」。
昭和50年(1975)、フォークグループ「伝書鳩」が発表した『路面電車』には、こんな印象的な一節が登場します。路面電車と貸本屋。今ではすっかり姿を消した二つの風景ですが、かつてはどちらも、私たちの暮らしのすぐそばにありました。
初めてこの『南部牛追唄』を耳にしたとき、私は「これが本当に民謡なのか」と思いました。どこまでも伸びる新沼謙治の歌声と、その背後から包み込むように響く杉並児童合唱団のコーラス。その瞬間、古い民謡という先入観は完全に覆されました。
1969年に発表されたキング・クリムゾンの『エピタフ(Epitaph)』は、半世紀以上を経た今もなお、世界の不安や人間の混乱を鋭く映し出す楽曲として聴かれています。
石狩川悲歌(歌:リンク)
人の記憶とは不思議なものです。長い歳月を経てもある風景を目にした瞬間、忘れていたはずの “その頃の想い” が、鮮やかに蘇ることがあります。
「別れても 別れても 心の奥に―――」
この歌の冒頭を耳にしただけで、“胸の奥に眠っていた遠い記憶が、静かに呼び覚まされる”、という方も多いのではないでしょうか。
『忘れな草をあなたに』は、昭和38年(1963)に発表された、日本の抒情歌の歴史の中でも特別な位置を占める作品です。
大空を自由に飛び回れる “鳥” に憧れたことのある人は、少なくないでしょう。遥か上空から世界を俯瞰できる “鳥” は、昔から自由や希望の象徴として歌(詩)や物語に描かれてきました。
踊子(リンク)
まさに一幅の絵を見るような美しい歌です。主人公とまだ幼い踊り子との淡い恋心が、美しい旋律に乗って静かに胸へ染み込んできます。原作小説『伊豆の踊り子』を読んだことのある人なら、なおさら深い感慨を覚えるでしょう。
風のない夕暮れ、「水面」が鏡のように周囲の風景を映すことがあります。昔の人は、その静かな水面に、自らの姿だけでなく、心の奥にある感情まで映していたのかもしれません。
つまさき坂(リンク)
春先の坂道には、時折、『人』の記憶を呼び戻すような風が吹くことがあります。 平地では忘れていた感情が、坂の途中でふと蘇り、まるで『坂』が過去と現在を隔てる境界線のように感じることがあるからです。
そんな坂道で、元恋人と『偶然すれ違う一瞬』を、鮮烈な情景として描いた歌がありました。
素晴らしい歌でありながら、時代の波間に静かに埋もれ、忘れられてゆく歌は多いのですが、この『砂山の花』もその一つです。
しかし考えてみれば、それは歌に限った話ではないのでしょう。『人』もまた同じで、いつまでも誰かの記憶に残り続ける方が、むしろ稀な存在なのかもしれません。
雪原の中を、どこまでも走り続ける列車。振り返ることなく、ただ前へ前へと―――。約50年前、そんなイメージが思い浮かぶ歌が誕生しました。
モスクワ・オリンピックが開催された1980年(昭和55年)。政治的な状況から日本はこの大会への参加をボイコットしていますが、その年に生まれた歌が、「シベリア鉄道」を題材とした表題曲でした。
忘れられていた旋律が、思いがけない形で再び息を吹き返すことがあります。65年前、松島アキラが歌った『あゝ青春に花よ咲け』も、時の流れの中で次第に忘れられていった一曲でした。
さくら貝の歌(リンク)
海辺を歩いていると、ふと目に留まる小さな “さくら貝”。―――
拾い上げたことのある方も、多いのではないでしょうか。手のひらに載せると、その淡い色は、なぜか遠い記憶を呼び起こします。
『さくら貝の歌』は、そんな言葉にできない想いを、静かにすくい上げた一曲です。
日野てる子の『さいはての湖』(リンク)
ふとした折に、昔の歌を懐かしく思い出すことがあります。
『こういう歌手が居たなあ、こういう歌もあったなあ……』と、遠い時代の情景とともに蘇る歌。表題の歌手と歌もその一つです。