2025-08-25

線香花火(小さな火花に映る人生の四季)

 線香花火(リンク)

 夏の夜、持つ手の先で小さく燃え尽きていく線香花火。その儚さ(はかなさ)と美しさを、歌に重ねて描いたのが、さだまさしの『線香花火』です。

 ここでは、この歌の魅力と、タイトルにもなっている線香花火そのものについて、少し掘り下げてみたいと思います。 


 『線香花火』は、1976年11月”さだまさし”が、グレープ解散後のソロ活動最初に作詞・作曲し、自ら歌ったオリジナル曲です。唯一のカバーは”香西かおり”によるものですが、リズミカルで現代的な曲調の中に、しみじみとした哀感が漂い、まさに線香花火の持つ独特の魅力を思わせます。


 歌詞には「ひとつ、ふたつ、みっつ」と流れ星を数える言葉が並び、最後は「玉がぽとりと落ちて ジュッ」で幕を閉じます。この“ジュ”は「十」を意味すると同時に、恋人たちの未来を暗示するかのようです。

 青春の一瞬を切り取った抒情詩のような歌詞と、哀感を帯びたメロディは、派手さこそないものの深い味わいを持っています。



 線香花火は江戸時代に始まり、藁(ワラ)の先に火薬をつけて、火鉢や香炉に立てて遊んでいたのが起源とされています。その姿が仏壇に供える線香に似ていたため「線香花火」と呼ばれるようになりました。 


 実は、線香花火は関東スタイルと関西スタイルに分かれています。関東スタイルは「長手牡丹」と呼ばれ、紙でできています。一方、関西スタイルは「スボ手牡丹」と呼ばれ、藁(ワラ)でできています。花火の持ち方も関東と関西ではかなり違います。 


 関東では斜め下45度に持ち、風が吹いていない環境が適しています。一方、関西では斜め上45度に持ち、ある程度風が吹いている環境が適しています。このような違いはありますが、線香花火ならではの魅力――燃え尽きるまでの「4つの表情」は共通しています。


線香花火は燃焼の過程で、次のような美しい変化を見せます。

 1.蕾:火を付けると最初に蕾(つぼみ)のような火の玉ができ

 2.牡丹:次に牡丹(ぼたん)の花が咲くように勢いよく火花が飛び出す

 3.松葉:やがて松の葉の形のように細かく枝分かれし

 4.散り菊:最後は菊の花が散るように静かに燃え尽きる

 この変化は関東式・関西式に共通しており、日本人はここに人生の四季を重ねてきました。


 私は関西で育っているので、子供の頃に花火遊びをした時に使っていたのは、当然に関西式の藁(ワラ)でできたタイプのものでした。

 大阪市内に松屋町(まっちゃまち)という、全国的にも知られている、玩具の卸店がたくさん立ち並ぶ問屋街があり、そこには花火専門の卸店も何店舗かありましたので、夏休みにそこへ買いに行った記憶があります。


 4つの表情を見せ、燃え方に風情がある美しい線香花火ではありますが、私は子供の頃より、同じ火薬材料から何故、このように燃え方が変化するのだろうと、不思議に思っていました。

 この疑問は、線香花火をしたことのある人なら、誰しもいだいた事があるのではないでしょうか。


 実は、その爆発的分裂を化学的に調べていくと、非常に複雑な機構を持っていることが分かっています。『雪の結晶』の研究で著名な物理学者、中谷宇一郎博士は、師である寺田寅彦から与えられた「線香花火の火花の研究」という課題に取り組んでいます。


 中谷は随筆に、その研究の発端について、次のように記しています。

【線香花火の火花が間歇的にあの沸騰している小さい火の球から射出される機構、それからその火花が初めのうちはいわゆる「松葉」であって、細かく枝分れした爆発的分裂を数段もするのであるが、次第に勢が減ると共に「散り菊」になって行く現象がよほど先生の興味を惹いていたようであった。】


 未だ学生だった中谷は、寺田寅彦の指導の下、数年かけてその燃焼機構の原理について研究していくわけですが、その発端は『茶碗の湯』を見て、地球の構造にまで想像を巡らせた、寺田寅彦ならではの着眼だった訳です。


 日常何気なく見ている光景の中に、自然の根本的原理を見出す、という寅彦の視点は、この線香花火の燃え方に着目した際にも、遺憾なく発揮されたようです。(詳細は、下記リンク先参照)



 今はスーパーなどで袋入りの花火セットが売られていますが、この中に入っている線香花火は、燃え尽き方も至極あっさりとしていて、本来の4変化(4つの表情)があまり感じられません。人生の四季を早送りして見ているような味わいが少なく、夏の風情・情緒を感じられないのは、少し寂しい気がします。


 打ち上げ花火のように、規模の大きさを競うわけでなく、ごく小さな火花の中に、精妙な構造と仕掛けを有する線香花火は、人生の四季それぞれで、しみじみした味わいが感じられます。夏の夜に持つ手の先の、その火花を見守りながら、自分の人生を重ね合わせる――そんなひと時が、昔も今も、時代を超えて貴重な美しい時間になるのだと思います。



<<参考音源>> のこり花火

 最後に、よく似たタイトルの、『のこり花火』という歌を、ご紹介しておきます。 大正12年に作られ、「夏の終わりに、子供たちが花火を持ち寄って打ち上げる」という、何でもない情景をテーマにした童謡です。

 ただ、童謡の形をとってはいますが、むしろ大人の心を揺り動かすことを主眼にしているような曲で、深く印象に残ります。


 ちなみに、作曲者は、日本の童謡の先駆者で、『七つの子』・『青い眼の人形』・『赤い靴』・『十五夜お月さん』などを作曲した本居長世ですが、この方は江戸時代の国学者・本居宣長(もとおり のりなが)の子孫とのことです。


<<参考文献>>

・「中谷宇吉郎随筆選集 第一巻」朝日新聞社

 ⇒  青空文庫掲載<中谷宇一郎 線香花火>(リンク)


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