2025-10-11

「白いギター」と「さすらいのギター」(昭和の青春を彩った二つの名曲)

 昭和の中頃、若者たちの部屋には必ずと言っていいほど、“ギター”がありました。音楽が未だレコードとラジオで届いていた時代に、その音色は青春の象徴でもありました。先日、1970年の大阪万博跡地に建つ「国立民族学博物館」を訪ねた時、そんな時代の記憶がふと蘇りました。 


この博物館には、世界各地からの収蔵品が所狭しと並んでいます。広い展示スペースに、衣食住などの生活用品を中心に、祭礼用品や装飾品、調理器具や楽器など膨大な品物が陳列されていて圧倒されました。

 

中でも、世界各地の民族が使用している弦楽器が100種類以上も展示されている光景を目の当たりにすると、私たちが“ギター”と呼んでいる西洋式の楽器は、実はその中のごく一部に過ぎないことが、実感としてよく分かります。

 

 今回は、そんな「弦の響き」にまつわる思い出として、昭和中期に流行した“ギター”の名を冠する二つの名曲――チェリッシュの《白いギター》と、ザ・ベンチャーズの《さすらいのギター》をご紹介し、その当時の世相なども振り返ってみたいと思います。

 

 

■白いギター(リンク) :澄んだ声が紡いだ青春の記憶

 《白いギター》は1970 代を中心に活躍した、フォークデュオ「チェリッシュ」のヒット曲です。愛称「悦ちゃん」として親しまれた松崎悦子(旧姓松井悦子)の、この頃の澄みきった歌声は本当に素晴らしいです。(⇒リンク先、下の方のオリジナル版)

 

この歌声の魅力を言葉にして言い現すのは難しいのですが、同じように高音での澄んだ歌唱ができるクラシック系歌手の声質が、硬質でやや機械的な感じがするのに対し、悦ちゃんの歌声には、清純さ、ほのかな温かさを感じます。


また、ごく自然で軽やかに歌っている所も、情緒、味わいを深めている感じがします。それは訓練で得られるものではなく、まさに“天性の響き”と言ってよいでしょう。

 

 チェリッシュは当初男性の4人組で、その後、悦ちゃんが加わって5人組になり、さらに1972年『ひまわりの小径(*1)』を歌った時に、現在の二人デュオになったとの事です。


ちなみにcherish は、英語で「 (愛情を込めて) 大切にする」または「 (思いなどを) 心に抱く」という意味ですが、その名のとおり、二人の歌は聴く人の心にやさしく寄り添いました。

 

普通、ギターのボディは茶系統色のものが多いのですが、この曲が流行った影響か、当時白いギターを買い求める若者が急増しました。楽器の演奏を自宅で練習しようとすると、大抵の楽器はその音量で周りから苦情が出るので、防音室などを用意できる裕福な家の人しか本格的な演奏練習が出来ないのが普通でした。

 

ことに管楽器などは到底自宅では練習できなかったものです。そうした中でフォークギターは比較的静かで、小音量でもそれなりに演奏することが可能だったので、それがギター人気の一因だったかもしれません。

 

この曲では、最後のフレーズで「花を摘む 草原に 秋の陽射しが まぶしくて・・・」と繰り返し歌われています。柔らかなギターの響きに乗って流れるこの一節には、秋の光と青春のまぶしさが見事に重なります。
 この曲を聴くと、青春の日々の記憶が走馬灯のように蘇る──そんな人も多いに違いありません。

 

 

■さすらいのギター“Manchurian Beat”(リンク)  
:エレキが時代を変えた

 もう一曲は、ザ・ベンチャーズによる《さすらいのギター》。エレキギターの魅力が一杯詰まった、ドラムとの相性も抜群の名曲です。この曲では、一般的に「テケテケ」と呼ばれる、エレキ特有の「トレモロ・グリスダウン」奏法も一部で使われています。

 

日本では1960年代後半~1970年代に空前のエレキギターブームが巻き起こりました。エレキギターには「エフェクター」というギターとアンプとの間に繋ぐ小さな機材が必要ですが、このエフェクターにより電気的に自由に音を変えられ、多彩な音色を生み出せるのが、この楽器の魅力の源泉です。

 

この曲を演奏しているザ・ベンチャーズはビートルズとは違って、メンバーの変遷が著しく、どのメンバーが正式とは言えないのですが、1971年当時のベンチャーズは、創設メンバーのドン・ウィルソンとボブ・ボーグルを中心に活動していました。

 

その斬新な音作りに、多くの若者が心を奪われましたが、日本ではこの『さすらいのギター』でエレキギターに魅せられた人も多かったのではないでしょうか。

  

なお、この曲の原題は「Manchurian Beat」で、なんと原曲は1906 年、ロシア軍の軍楽隊⾧だったイリヤ・アレクセーイヴィチ・シャトロフによって作曲されています。シャトロフ自身も参戦した、日露戦争の奉天大会戦(明治38年=1905)で、死んだ友を偲んで作った曲とのことです。

 

一方、ほぼ同じ頃、日本では日露戦争を舞台とした曲『戦友』が作られ、広く愛唱されていました。「ここは御国を何百里 離れて遠き満州の……」で始まり、14番まで続く長い歌です。

 

表題のベンチャーズ演奏『さすらいのギター』はロック調で、この原曲から生まれたとはとても思えない程、曲の雰囲気が変わっています。この軽快なリズムの裏に、実は日露戦争の悲しみが隠れているとは、全く想像できませんでした。

 

 

『白いギター』と『さすらいのギター』、フォークとエレキ──異なる音色ながら、どちらも青春の痛みや憧れを優しく奏でています。ギターの音色には、時代の空気と人々の想いが宿っているのでしょうか。
 今でもそのメロディを耳にすると、不思議と胸の奥に懐かしい風が吹き、あの頃の風の匂いがふと心に戻ってくるようです。

 

最近、アニメ主人公の影響でエレキギター人気が復活してきているようですが、時代を越えて受け継がれたメロディは、時に形を変え、若者の心を再び揺さぶるのかもしれません。

 

 

<<参考音源>>

『さすらいのギター(リンク)』 CHERRY30530 演奏版)

*表題のベンチャーズ演奏版は、さすがに古過ぎて録音状態がよくありませんが、こちらは録音が比較的新しいので、演奏音に迫力があります。

 

・『ひまわりの小径(リンク)』

 *1 『白いギター』とともに、チェリッシュの代表曲ともいえる歌です。

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