『アルビノーニのアダージョ』という曲名を聞いても、知らない曲だと思う人がほとんどでしょう。けれど、このメロディに耳を傾ければ、きっと誰もが「どこかで聴いたことがある」と感じると思います。
この楽譜については、第二次世界大戦直後、ドイツの街ドレスデンの廃墟から発見された――そんな伝説めいた話も語り継がれてきました。確かに、国立図書館の瓦礫の中から何らかの楽譜は発見されたものの、それがこの曲のものではなかったことは、後に明らかになっています。
実はこの曲は、現代の作曲家レモ・ジャゾットが作り上げたものです。しかし彼は、何故か自作であることを明かさず、「バロック時代の作曲家トマゾ・アルビノーニの自筆譜の断片をもとに編曲した」と主張していました。また、戦禍の廃墟から救い出された音楽、という物語性も手伝って、この曲は「アルビノーニのアダージョ」として広く知られるようになったのです。
この曲は、さまざまなドラマや映画にも登場しています。1962年、オーソン・ウェルズ監督の映画『審判』で使われたことにより、一躍世界中に知られるようになりました。静かで荘厳な響きをもつこのメロディは、情緒あふれるシーンに寄り添い、人々の心に深い印象を刻みます。
ちなみに「アダージョ」とは、音楽用語で「ゆったりとしたテンポで演奏する」という意味を持っています。この曲名が示すとおり、旋律はゆっくりと、深い情感をたたえながら流れていきます。
逸話の舞台となったドレスデンは、ドイツ東端、チェコとの国境に近い美しい街でした。そんな歴史ある美しい街ドレスデンは、1945年2月、イギリス・アメリカを中心とする連合国軍による激しい空襲を受けました。
約1,300機もの爆撃機が3,900トンもの爆弾をこの街に投下し、街の85%が破壊され、10万から20万人ともいわれる死傷者を出す未曾有の惨事となりました。このドレスデン爆撃は、東京大空襲と並び、第二次世界大戦中でも最も凄惨な空襲の一つに数えられています。
この『アルビノーニのアダージョ』は、その静謐で重厚な旋律から、欧米では葬儀などの場面でも広く演奏される曲となりました。確かに、陰影に富んだ美しいメロディは、人生の終わりに寄り添うにふさわしいものだと感じます。この曲は、ドレスデンをはじめとする戦禍に散った都市、戦禍に倒れたすべての命への鎮魂歌のように、静かにそして深く、時代を越えて、私たちの心に語りかけ続けているようです。
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