詩情あふれる歌詞と哀愁漂うメロディからは、青春のほろ苦い哀しみが、そっと滲み出てきます。石原裕次郎が歌ったこの楽曲は、同じ作曲者・上原賢六による『夕陽の丘』と並び、戦後ムード歌謡の代表作とも言えるでしょう。前奏・間奏も印象的で、メロディの美しさが際立っています。
この曲は、同名映画の主題歌にもなりました。日活アクション映画が人気を博していた当時、その”荒唐無稽さ”すら受け入れられていたのは、虚構であることを観客が承知しつつ、登場人物が「悩みを語り、それを乗り越え、前進していく」という一貫したスタイルに、共感とカタルシス(気持ちの浄化)を見出していたからかもしれません。
とりわけ石原裕次郎の存在は特別でした。長身痩躯に加え、自由な空気をまとった不良的魅力も備え、戦後の新しい時代を象徴する、憧れの存在でした。
当時の日活アクション映画には二系統ありました。一つは小林旭を主演とする「渡り鳥」や「流れ者」シリーズ。風光明媚なロケ地と共に展開する、いわば“和製西部劇”のような映画です。もう一方が石原裕次郎主演の「ムード・アクション」と呼ばれる作品群で、『赤いハンカチ』はこちらに分類されます。
「ムード・アクション」では、現実離れした拳銃の撃ち合いや、ヤクザとの殴り合い、それを倉庫の片隅から怯えながら見つめる女性……そんなワンパターンの中にも、観客が期待する“お約束”が詰まっており、現代で言う「様式美」のような魅力があったのかもしれません。
時代劇における「水戸黄門」や「遠山の金さん」と同じように、筋書きが分かっていても楽しめる娯楽映画として、観客のストレス発散にも一役買っていたのでしょう。
ところで、この歌詞は情感に満ちたものでありながら、描かれている具体的な情景が、思いのほか把握しにくいのですが、著名な数学者で、随筆家としても知られる藤原正彦氏が、次のような解釈をされています。
<<引用、ここから>>
この歌の最大のキーは、一番の歌詞の「怨みに濡れた 目がしらに」である。アカシアの花の下、赤いハンカチで涙をぬぐう若い娘。その目は、悲しみや寂しさではなく「怨み」に濡れている。男がこの娘を捨てたのだろう。
さらに、「春も逝く日」「俤(おもかげ)匂う」「こころに遺るよ」「切ない影が」といった言葉には、“死”の気配がほのめかされている。「残る」とせずに「遺る」、春が「過ぎる」ではなく「逝く」と表現されている点にも注目したい。
男は志を全うするため、心の中で彼女を“死んだ人”として葬ったのだ。ほとばしる涙を血潮に変えて、故郷を旅立ったのではないか。
<<引用、ここまで>>
確かに、こうした漢字の使い方から読み取れる感情の深さは、興味深いものがあります。特に二番の歌詞にある【死ぬ気になれば ふたりとも 霞の彼方に 行かれたものを】という一節からは、「覚悟を決めれば、共に生きることも、死ぬこともできたのに、そうしなかった男の決断」という、切ないドラマが浮かび上がってきます。
この歌は昭和37年5月にレコーディングされていますが、詩の方は昭和31年12月には、既に完成していたそうです。この年、日本は国連に加盟し、日ソ国交回復共同宣言が調印されました。
さらに経済白書では「もはや戦後ではない」との表現が登場し、日本が戦後の復興から経済成長へと大きく舵を切り、正に転換期になった年でした。
こうした社会の節目に生まれたこの歌には、時代の空気がにじんでいるように思えてなりません。
映画『赤いハンカチ』が公開されたのは、昭和39年(1964年)でした。楽曲のヒットを受け、その歌に合わせて後から企画された、安直とも言えるような映画作りでしたが、その頃アメリカでは、莫大な資金を投じて、次のような大作映画が次々と創られ、公開されています。
『ウエストサイド物語』(1961年)
『アラビアのロレンス』(1962年)
『マイ・フェア・レディ』(1964年)
『ミクロの決死圏』(1966年)
『俺たちに明日はない』(1967年)
『2001年宇宙の旅』『猿の惑星』(1968年)
『明日に向かって撃て!』『イージー・ライダー』(1969年)
いずれも、半世紀以上経った現在に至るまで、語り継がれる名作ばかりです。私も、これらの作品の多くを映画館で観た記憶がありますが、邦画と比べたストーリーの緻密さや、圧倒的な映像の迫力には驚かされ、当時の日米の国力差を、こうした映画を通して実感しました。
”赤いハンカチ”という言葉には、「運命的な出会い」を象徴する、比喩としての意味もありますが、この歌詞は、現代の感覚ではやや理解しづらい部分もあるかもしれません。しかし、当時の時代背景を思い浮かべながら聴くと、歌詞に込められた情景や心情が、不思議と胸に迫ってきます。
哀愁を帯びたメロディと共に、静かに心の奥に染み入ってくる――そんな昭和の名曲の一つです。
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