2025-07-04

百万本のバラ(永遠に語り継がれる、ひとつの愛のかたち)

百万本のバラ(リンク)

 『百万本のバラ』は、世界中で知られる美しい楽曲です。その歌詞に描かれているのは「貧しい画家の切ない恋」の逸話ですが、日本では、このエピソードを基にした訳詞が10種類以上存在し、20人を超える歌手がレコーディングしていることからも、この楽曲の印象深さと芸術的な評価の高さが、うかがえます。


 訳詞ごとに細部は異なりますが、物語の骨子は次のようなものです。

【貧しい画家が、女優(あるいは踊り子)に一目惚れし、家財をすべて売り払って街中のバラを買い集め、広場を赤いバラで埋め尽くして彼女に捧げた。しかし、女優はそれを冗談かいたずらだと思い、別の町へ旅立ってしまった――】


 この画家のモデルとされるのが、グルジア(現ジョージア)に実在した放浪の画家、ニコ・ピロスマニ。そして恋の相手は、フランス人女優のマルガリータ。舞台となったのは、グルジアの首都ティフリス(現トビリシ)だったようです。


 ピロスマニの作品は、グルジアの風俗や人々、動物などを素朴なタッチで描いたもので、日本でも展覧会が開催されたことがあります。その作品には独特の温かみがあり、見る人の心を惹きつけます。しかし、彼の才能が世に認められたのは死後のことで、生前は貧困と孤独の中で、56年の生涯を終えています。


 一方で、この歌のオリジナルは、ラトビア共和国の音楽家によって作られた『マーラが与えた人生』という子守歌だとされています。ラトビア語で書かれたその歌詞は、日本で広まっている画家と女優の物語とはまったく異なり、歴史の中で大国に翻弄されてきた、ラトビアの苦難を暗示するような内容のようです。


 この曲が旧ソ連に伝わる過程で、物語が現在知られる「悲恋の逸話」に置き換えられ、アーラ・プガチョワという国民的歌手によって歌われて一躍世界的なヒット曲となりました。


 ピロスマニとマルガリータのロマンスが本当にあったのかについては諸説あります。ただ、まったくの創作でこれほど印象的な物語が生まれるとも考えにくく、やはりある程度の史実が存在したのではないか、という気がします。


 事実、1969年にパリで開かれたピロスマニの回顧展には、マルガリータ本人と名乗る老婦人が姿を現したというエピソードも伝わっています。彼女の証言が真実であるなら、この歌詞はやはり実話に基づいているのでしょう。


 また、ある作家の記録には、次のような記述も残されています。

【ピロスマニは自身の誕生日の朝、荷馬車に花を山のように積み、次々と女優マルガリータの滞在する家の前に運び込んだ。それはまるで、ティフリス中、いや全グルジア中の花が集まったかのようだった。】


 百万本という表現は誇張にしても、このような光景が本当にあったとすれば、それだけでも歌詞に十分な説得力があります。


 もっとも、この逸話が真実であれ虚構であれ、『百万本のバラ』という楽曲の芸術性に変わりはありません。日本で多くの実力派歌手が、この曲をレパートリーに入れているのは、印象深い歌詞に加え、演奏時間が5分以上と長めでメロディも変化に富んでいて、歌い応えがあるからでしょう。


 これは即ち、聴き手にとっては聴き応えがある歌であることを意味します。加藤登紀子さんはじめ、数多くの歌手が情感豊かに歌っていますが、中でも、上記リンク先で紹介されている安田姉妹によるデュエットは、抜群のハーモニーで、その歌唱は「プロ中のプロ」と感じさせます。


 シャンソン風のゆったりとした曲調のなかに、徐々に高まる感情の波があり、美しい旋律に加え、伴奏のピアノが、いやが上にも聴く人の情感を高めていきます。静かに耳を傾けていると、まるで歌詞に描かれた「真っ赤なバラで埋め尽くされた広場」の情景が、心の中にゆっくりと浮かび上がってくるようです。


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