2025-07-19

サビタの花(心に染み入る、静けさを讃えた歌)

 サビタの花(リンク)

リンク先の<<蛇足>>解説では、管理人の方が「あざみの歌」や「山のけむり」に比べて、この「サビタの花」があまり歌われなくなったのが残念だと書かれています。私もこの曲は、日本の抒情歌の中でも特に美しい一曲だと思っていますが、確かに知る人は少なくなっているように感じます。


この歌では、アイヌの娘(メノコ)の悲恋が静かに歌い上げられています。同じ伊藤久男が歌った曲で、アイヌの文化を題材にしたものとしては「イヨマンテの夜」が有名ですが、そちらが熊祭りをテーマにした勇壮な曲調であるのに対して、「サビタの花」は対照的に、ひっそりと心に染み入るような静けさをたたえた曲です。


アイヌとは、北海道に古くから暮らしてきた先住民族です。和人(ヤマト民族)が北海道に本格的に移住を始める以前から、この地に根を下ろして暮らしていました。しかし、時代の流れの中で本州からやってきた人々に土地を奪われ、社会の中でその存在感を薄めていくことになります。

北米のネイティブ・アメリカンや、南米のインカの人々と同様に、歴史は「勝者」の視点で語られることが多く、彼らの想いや文化は十分に知られてきませんでした。


特に、文字を持たないアイヌ語は記録として残されにくく、多くの文化や信仰が時代の中に埋もれていきました。そんな中、アイヌの血を引く知里幸恵さんが『アイヌ神謡集』という形で、貴重な精神文化を後世に残しています。(”アイヌ神謡集”は、青空文庫にも掲載されています)


北海道は明治の初めまでは「蝦夷地」と呼ばれ、正式な日本の領土とはされていませんでした。しかし、明治政府による開拓政策が進み、屯田兵による入植が始まると、和人(日本人)の人口が急増。アイヌの人々は「平民」として日本の戸籍に組み込まれ、アイヌ語の使用も禁止されてしまいます。


私が1970年代前半に北海道を訪れた際には、「アイヌの祭り」として熊祭りの儀式が観光向けに披露されていました。すでにその頃には、こうした行事も一部では形骸化し、演じている人々が本当にアイヌの血を引いているかどうか、疑問を感じる場面もありました。

  

しかし、現在でも約15千人ほどのアイヌの子孫が、主に北海道や首都圏で暮らしているといわれています。ただし、日本人との結婚によって混血のケースが多くなっており、「誰をアイヌと見なすか」という問題もまた複雑です。


アイヌ語は、日本語とはまったく異なる言語であり、日本語の方言ではありません。この曲のタイトルにもなっている「サビタ」は、落葉灌木の一種を指す言葉で、7月から8月にかけて白く可憐な花を咲かせるといいます。また、歌詞に出てくる「メノコ」という言葉は、アイヌ語で「娘」を意味し、「カムイ(神)」と並んで比較的知られている言葉です。


この曲では、サビタの花咲く夏の夕暮れに、約束の恋人を待ち続けるアイヌの娘の、はかない想いが歌われています。その背景にある民族の歴史や哀しみを思い浮かべながら耳を傾けると、一層胸に沁みてくるように思えるのです。

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