2025-07-19

雨のオランダ坂(異国情緒と別れの情景を描いた昭和の歌)

 雨のオランダ坂(リンク)

 音楽、特に「流行歌」と呼ばれる大衆向け歌謡を聴くと、その歌が生まれた時代の空気や、人々の心のありようが感じ取れることがあります。歌詞の中には、当時の暮らしぶりや流行、そして人々が何に憧れていたのかといった「時代の記憶」が息づいているのです。 


 『雨のオランダ坂』という歌も、そうした昭和の情緒を映す一曲です。リンク先の解説にも触れられていますが、「マドロスさん」という言葉は今では耳にする機会も少なく、ほとんど死語となっています。けれども昭和の頃、特に戦後しばらくの間は歌謡曲にたびたび登場し、遠い異国への淡い憧れを象徴するような響きを持っていました。

 

 歌の舞台となる「オランダ坂」は、長崎市東山手にある旧居留地時代の石畳の坂道です。今では観光名所として知られていますが、その両側には洋館が並び、長崎港を望む景観とあいまって、異国の雰囲気を感じさせてくれます。神戸・北野の異人館街を思わせるような、異国情緒あふれる街並みが続き、今なお観光客に人気のスポットです。

 

 ちなみに「オランダ坂」という名前は、当時の長崎の人々が欧米人全般を親しみを込めて「オランダさん」と呼んでいたことに由来すると言われています。高台の洋館に続く坂道を、いつしか人々は「オランダ坂」と呼ぶようになったのです。

 

 『雨のオランダ坂』は、そんな坂道を背景にした一編の小さな恋の物語です。雨の降るある日、恋人のマドロスさんと別れた女性が、その思い出の坂道をひとり歩きながら、過ぎし日の情景を静かに思い返す──そんな切ない回想が、しっとりと描かれています。

 

 マドロスとは、元来オランダ語に由来する「船員」の意味で、日本では主に外国航路の船乗りや、時に海軍の兵士を指すこともありました。ただ、この歌が発表されたのは、戦後の昭和22年(1947年)であるため、日本海軍の兵士とは考えにくく、おそらくは外国船の船員、あるいは日本人の商船乗組員だったのかもしれません。

 

 濡れた石畳に雨がそっと降り注ぐオランダ坂。その静かな風景と、別れの余韻を残す心情が重なり合い、淡い哀愁を誘います。まるで一本の映画のワンシーンを切り取ったような、情感豊かな情景が目に浮かびます。


  作詞は劇作家としても著名な菊田一夫、作曲は『長崎の鐘』『君の名は』『白鳥の歌』などで知られる古関裕而。古関といえば、元来は行進曲や応援歌などの力強い楽曲を得意としていましたが、この『雨のオランダ坂』では、それとはまったく異なる、しっとりとしたバラード調の旋律を響かせています。

 

 古関裕而の作曲家としての多彩な才能は、まさにこうした幅広さにあります。彼が手がけた数々の作品の中でも、この曲は派手なヒットこそありませんでしたが、静かに時代の空気を映し出す名曲の一つと言えるでしょう。

 

 昭和の歌には、今では忘れられつつある「情景」や「言葉」が、確かに生きています。『雨のオランダ坂』もまた、そのひとつ。雨に濡れる坂道の風情と、過ぎ去った愛の面影を、そっと思い出させてくれる一曲です。

 

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