2025-08-15

谷村新司の『この空の下』(純粋な憧れを描いた名曲)

この空の下(リンク)

 大ヒット曲『昴(すばる)』や『いい日旅立ち』の創作で知られる谷村新司。その作品の中には、知名度は低くても、静かな魅力を放つ曲がたくさんあります。その一つが1998年に発表された『この空の下』という楽曲です。


 今回は、若者特有の純粋な憧れ感を描き、聴く人の胸に柔らかく染み入るこの歌をご紹介すると共に、谷村新司というアーティストの素顔を、振り返ってみたいと思います。


『この空の下』は、谷村新司が作詞・作曲し、1998年2月にリリースされた楽曲です。大ヒット曲『いい日旅立ち』のような知名度はありませんが、漂う情感は聴く人の心に静かに染み入ります。


 私の個人的な印象にすぎませんが、この曲の雰囲気は後に発表された『いい日旅立ち』と似ており、後者に共通するメロディや情緒を感じます。

 創作の中で過去に制作した自分の曲を発展させていくことは珍しくありませんので(*1)、『いい日旅立ち』は『この空の下』の歌を基に、歌詞・メロディをさらに洗練、昇華して出来た曲なのかもしれません。


 『いい日旅立ち』では、愛する人(おそらく母)を失った後、その思い出を胸に旅立つ姿が描かれているように感じます。一方、『この空の下』にはそうした悲しい背景はなく、ただ「見知らぬ町に住む、まだ出会っていない赤い糸の相手」への憧れがまっすぐに歌われているようです。


 歌詞や旋律の深みという点では『いい日旅立ち』の方が成熟している印象ですが、『この空の下』には、若者特有の純粋さと伸びやかさがあり、これはこれで心地よい魅力を放っています。


 ところで、谷村新司といえば、アリス時代から洋楽のモダン・フォーク系を中心に作曲してきた印象が強いのですが、意外にも生家は純日本的な和の音楽が始終流れる古風な環境だったようです。2008年7月のインタビュー(Musicman’s RELAY)で、谷村は次のように語っています。


【母親が長唄の三味線をやっていて、姉は6歳から地唄舞を続けていました。家に帰ると三味線がいつも鳴っていて、姉が中学で名取になってからはお弟子さんが20人ぐらいいて、長唄・清元・常磐津や端唄・俗曲などを聴いて育ちました。】


さらにこうも述べています。

【モダン・フォークに傾倒してオリジナルを作り始めた頃、自分の歌に不思議な“こぶし”があることに気づいたんです。

 それは演歌のこぶしとは違う“和”のこぶしです。洋楽のサウンドに乗った和のボーカル──アリスはそういう世界だったんですね。幼い頃からの体験が自然に体の中に染みついていたのでしょう。】


 谷村新司は2023年10月、惜しくもこの世を去りましたが、アリス時代から数々の名曲を世に送り出し、自らも歌唱した、日本を代表するエンターテイナーの一人でした。ラジオパーソナリティとしても長く活動し、温かく軽妙な語り口で多くのリスナーを魅了しています。


 彼のファン層は非常に幅広く、日本国内のみならず中国をはじめとする海外にも熱心な支持者がいました。手がけた楽曲は実に多彩で、『冬の稲妻』『チャンピオン』のような力強くインパクトの強い作品から、『群青』『蜩(ひぐらし)』のように静かで繊細な曲、そして『昴(すばる)』『陽はまた昇る』『いい日旅立ち』のように万人への励ましのメッセージを込めた曲まで、多彩なジャンルでの創作を続けました。


 交友関係は幅広く、音楽界内外から愛される存在でした。こうして振り返ると、成功者としての側面が目立ちます。しかし、実際には人知れぬ苦労や悩みもたくさんあったのでしょう。また、未だ未だやり残した事もあったはずです。


 偉大な、そして我々と同時代に人生を生きてきた人が亡くなるのは、非常に寂しいものです。大阪出身者ということもあって、私も特に親しみを感じ、その歌に魅了されていた一人でした。74 歳というと、今の時代ではまだまだ活躍できる年齢で、早逝という気がして、本当に残念です。


 今、あらためて『この空の下』を聴くと、まだ見ぬ相手を探し求める主人公の切ない心情が、穏やかなメロディとともに胸に沁みてきます。静かで優しいこの歌は、人生のある瞬間にふと寄り添い、聴く人の心を静かに支えてくれる──そんな力を持っている曲のように感じます。



<<補足*1>>「自分自身が過去に作った楽曲での著作権について」

 原曲の著作権を第三者に譲渡したり、出版権を預けたりしている場合は、たとえ自分が作詞・作曲した歌であっても、その原曲のメロディを流用したり、歌詞の一部を引用したりすると、著作権上の問題が発生する可能性があります。そういったケース以外では、問題にはなりません。


<<参考>> 2008 年7 月のインタビュー記事へのリンク(Musicman’s RELAY)

  このインタビュー記事(上記リンク先参照)では、谷村新司が自身の育った家庭環境、フォークブームになる前からの音楽活動の様子、グローバルに活動するようになった経緯、今の日本の課題についての想いなど、自分の考えや信念について、素直かつ縦横無尽に語っています。


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