昭和の中期、フォークソングが人々の心を温めていた時代に、ひときわ澄んだ歌声で愛された兄弟デュオがいました。それがビリーバンバンです。
彼らが残した多くの楽曲の中でも、とりわけ『さよならをするために』と『琥珀色の日々』は、時の流れをしみじみと感じさせる二曲として記憶に刻まれています。
今回はこの二曲を軸に、ちょっとしたエピソードをたどりながら、音楽が持つ不思議な力について考えてみたいと思います。
つい最近、兄の菅原孝さんの訃報に触れ、改めてこの曲を聴き返しました。ビリーバンバンは、1960年代後半から1970年代にかけて活躍した兄弟フォークユニットで、兄が菅原孝、弟が菅原進でした。(当初メンバーには、後に俳優になった“せんだみつお”も参加していました)。
表題曲をはじめ『白いブランコ』『れんげ草』『また君に恋してる』など数多くのヒット曲を出しています。兄弟でも性格は大きく異なり、弁舌さわやかな兄の孝と、口下手な弟の進という組み合わせのデュオでした。社交的でおおらかな兄・孝に比べ、弟・進の方は職人気質で曲に対するこだわりが、人一倍強かったと云います。
それまでは二人で作り上げた曲を歌っていましたが、この曲は作詞:石坂浩二、作曲:坂田晃一によるものでした。当時のフォーク歌手には、他人の作詞、作曲したものを歌うのは一種の恥であると受け取る風潮があり、弟の菅原進は、この曲のレコーディングをボイコットしたという逸話が残っています。
また、デビュー曲『白いブランコ』レコーディングの際にも、曲の冒頭にトランペットが勝手に入れてあるのを知った進がこれに怒り、スタッフに猛抗議したという話が伝わっています。それほど自分が作った曲に対する思い入れがあり、また自信もあったのでしょう。
この曲に限らず、ビリーバンバンの歌唱はどの歌でも力みがなく、淡々とごく自然に歌っているところが素晴らしく、聴く人の心を静かに揺さぶります。落ち着いた雰囲気の曲ですが、その中にさわやかさも感じさせ、洗練されたメロディが印象的です。
ところで、この歌詞は読み込むほどに解釈が難しく、腑に落ちない箇所が多々出てきます。素直に読み取ると、過去に付き合っていた恋人との決別と、新しい出会いを描いているようですが、作詞者の意図を考えさせられる奥深さがあります。
主題歌だったTVドラマ(『3丁目4番地』)のストーリーと何か関係しているのでしょうか。作詞した石坂浩二は並み外れた感性を持った人ですから、読み手にどう受け取られるかを承知の上で、この歌詞を書かれているのだと思います。
この曲は、当時の歌い手にとっても相当魅力的だったのでしょう。ビリーバンバンによるオリジナルの他、20人以上の歌手がカヴァーされていますが、その中には今では大俳優になっている渡辺謙も含まれているので、少し驚きました。
ご紹介したいもう一曲は、1976年のビリーバンバン解散後(*1)に、ソロ歌手となった弟の菅原進が初めて出したシングルで、『琥珀色の日々』という歌です。1981 年6 月に発売されていますが、後にウイスキーのCM ソングに起用されたので、テレビコマーシャルを通して、この曲が耳に残っている方もおられるかもしれません。
琥珀(こはく)は天然樹脂の化石で、宝石の一種でもあり昔から宝飾品として珍重されていました。琥珀色と言われる独特の透明感のある黄色を帯びた茶色ないし黄金色に近い飴色をしていて、高温で加熱すると、油状の琥珀油に分解されます。
映画『ジュラシックパーク』では、琥珀内の蚊から恐竜の血とDNA を取り出して恐竜を復元するというストーリーになっていましたが、数万年前の化石となると、琥珀に閉じ込められた生体片のDNA を復元することは、実際には不可能らしいです。
よくデパートなどで、蚊やアリなどの小生物を内包した「虫入り琥珀」が売られていることがあります。琥珀の生成過程で、小生物に限らず古代の植物の葉などが混入した状態で化石化することは、珍しくはないようですが、市販の「虫入り琥珀」については、偽物が多いようです。(現生の昆虫の死骸などを封入した模造品が多い)
本物/偽物の区別はともかくとして、数万年前の古代の空気を吸って生きていた小生物、太古の命のかけらを目にするというのは、凄くロマンがあり魅力的です。一般に、化石は太古の生物の遺骸(いがい)が砂や泥などの中に埋もれて、何千年、何万年、あるいは何億年という年月がかかって、地層の中に残されたものです。
考えてみれば、石油・天然ガス・石炭など、現在の人々の生活エネルギー源となっているものは全て古代生物の遺骸ですが、普段の暮しの中で、そのことを意識している人は少ないでしょう。
少し話が飛びますが、夏目漱石の門下生の一人で短編小説の名手と言われた、内田百閒という作家が書いた『琥珀』というタイトルの小編があります。文庫本で僅か2頁の超短編ですが、次のような書き出しで始まります。
【琥珀は松樹の脂が地中に埋もれて、何萬年かの後に石になったものである、と云う事を学校で教わって、私は家に帰って来た。・・・】
この主人公の少年は造り酒屋の息子で、松脂(まつやに)が身近にあり何時でも手にすることができたため、学校で教わったその日に松脂を自宅庭の地中に埋めて、2日ほど後に、それを掘り返して琥珀になっているかを確かめた。・・・
という、たわいもない話なのですが、想像も及ばないほど雄大に流れる時間と、些細な日常が触れ合う瞬間を、絶妙な感覚で描いていて非常に印象的な小編です。
琥珀の形成ほどの壮大な時の流れではありませんが、『さよならをするために』や『琥珀色の日々』の歌がヒットした当時から、早や半世紀以上が経過しています。どちらの歌も、過ぎた日々を回想し、今を静かに味わう心情を歌っているように思えます
特に『さよならをするために』の楽曲は、1986年以降、高等学校の音楽教科書にも何度か掲載されたようです。音楽は時に、人の心に“琥珀のように” 時間を閉じ込めて残す力を持つのかもしれません。
美しく流麗で、またどこか懐かしいこの曲を聴いていると、その洗練されたメロディの中に、静かな時の流れ、移ろいのようなものが、しみじみと感じられます。
<<補注>>
(*1) ビリーバンバンの解散と再結成
音楽に対する考え方の違いから1976年に解散。2人はそれぞれの道を歩んでいましたが、復活を求めるファンの後押しもあって、1984年に再結成しています。
<<参考文献>>
旺文社文庫『百鬼園随筆』 内田百閒 著
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