“さすらい” という言葉には、「既成の価値観に囚われず、自由に生きる」というイメージがあります。他にも “さまよい” という、似たような言葉がありますが、微妙な違いが感じられます。
辞書を引くと “さすらい”は、【何処というあてもなく、また定まった目的もなく歩きまわる】となっています。一方 “さまよい” の場合は、【迷ったりして、目的地を見いだすことができずに、あちこち歩く意を表わす】となります。
つまり、“さまよい” は目的地があり、それが探し出せない状態であるのに対し、“さすらい“ は、初めから目的地そのものが無い状態ということです。
●誰もが抱く感情
また、“さすらい” という言葉には、「運命に束縛されず、自らの意志で放浪を選ぶ」という自由人のニュアンスも感じられます。こうした事から、なんとなく “さすらい人” に憧れをいだいた時期があった人は、少なくないでしょう。
これは日常のしがらみに、がんじがらめになって、自由な時間が無くなった時に、誰もが自然にいだく感情だと思います。人生のどこかで責任に縛られた事のある人なら、誰しも一度は、こうした思いに触れる瞬間があるのではないでしょうか。
職業人に限らず、家事や家族の介護に明け暮れしているような人にも、そういう感情が湧き出る瞬間があるのは、ごく自然なことのように思えます。
しかし資金の問題もありますし、渥美清が演じた寅さんのように、実際にそのまま “さすらう”人は、ほとんど居ないでしょう。仮に実行されたとしても、現実には辛いことの方が多いはずです。
そんな「”さすらい”の感情」を詩的に美しく描いたのが、表題曲『さすらいの唄』です。作詞:北原白秋、作曲:中山晋平、唄:松井須磨子、となっていることから分かるように、今から百年以上前に作られた非常に古い作品です。
大正6年(1917)に島村抱月が主宰した芸術座公演の劇中歌の一つとして歌われていますが、この曲からは "荒涼とした寂寥感" が強く感じられます。
歌詞に『ロシアは北国 はてしらず』という言葉が見られるように、この曲は “広大なロシアの、凍てついた荒野” が舞台です。この短い歌詞の中に、オーロラの下 “極寒の荒野”を、酒場の灯ある街を目指し幌馬車を走らせている荒涼とした光景と、その御者(ぎょしゃ)の孤独な胸中が見事に描き出されています。
しかし今の人達からすると、外国の歌の翻訳ではない純粋の日本の歌でありながら、何故この歌の背景がロシアの荒野になっているのか、不思議に思われるのではないでしょうか。
その直接的な理由は、芸術座で演じられた演劇の原作である、トルストイの名作『生ける屍』の舞台がロシアだったためですが、それに加えて、当時の時代背景も無視できなかったように思われます。
●大正6年当時の時代背景
この歌が作られた、大正6年(1917)当時の日本は、日露戦争(1904-05)から10年余しか経っておらず、ロシアは「恐ろしく広大で、敵でもあった大国」、という印象が強く残っていました。欧州では第一次世界大戦のさなかで、日本は「大戦景気」で表面上は活気がありましたが、その一方、物価高騰・貧富の差の拡大といった、社会のひずみが大きくなっていました。
『生ける屍』の物語はロシア帝国末期を舞台とし、主人公は自らの運命から逃れ、ロシアの荒野を放浪する男として描かれています。「さすらい」という言葉は、こうした社会の不安や閉塞感から「抜け出す “語”」として当時の人々の心を捉えました。
こうした時代背景から、表題の『さすらいの唄』も「運命に束縛されず、自らの意志で放浪を選ぶ主人公の心情」を象徴する歌として作られたのだと考えられます。
この歌詞を読んでいると、若い頃に読んだ一冊の小説が思い出されます。私はこの歌詞から、プーシキンの名作『大尉の娘』の冒頭部分を連想しました。帝政ロシア時代を舞台に、主人公の若き貴族士官が、赴任先である辺境の要塞目指して、猛吹雪の中を幌馬車で駆けて行く場面が描かれていたような記憶があります。
『大尉の娘』は、“エカテリーナ2世” 治世下のロシアで実際に起こった「プガチョフの乱」を背景にした歴史ロマン小説で、主人公の若者と要塞司令官の娘マリアとの純愛や、彼らを取り巻く激動の時代が描かれていました。
歴史の激動の中でも失われない人間性を描き出していて、私にとっては忘れられない小説の一つです。
「プガチョフの乱」は1770年代の出来事です。
『さすらいの唄』の歌詞が描く世界は、1900年頃の帝政ロシア末期を舞台にしていますので、時代的には全く合わないのですが、「ロシア・荒野・幌馬車・・」といった言葉が記憶の中で共鳴し、その情景が自分の頭の中ではオーバーラップしてしまいます。
●体験に結び付く熱唱
ところで、この曲を歌っている「東京リーダーターフェル1925」の合唱は本当に見事ですが、この正統的な歌唱とは対照的な歌いぶりで、名優「森繁久彌」もこの曲を歌っています。
今では森繁節を知る人も少なくなっていると思いますが、この曲の歌唱では独特の森繁節が際立ち、実に感動的です。
森繁久彌は俳優になる前、NHKアナウンサーとして旧満州に赴任し、川一本を隔てたソ連軍に対する、特殊放送業務(謀略放送)に携わった経験もあったそうですから、この歌詞で描かれているような荒涼とした情景が、体感的に分かっていたのでしょう。
技巧的ではない、その独特の節回しからは、荒涼とした風景を実感として知る者の重みが伝わってきます。
この『さすらいの唄』は、時代を超えて、人が心のどこかで抱き続ける「自由への憧れ」を、静かに、陰影深く歌い上げた一曲です。
”さすらう” ことは、誰にとっても「憧れ」であり、同時に「恐れ」でもあります。だからこそ、この歌は百年以上の時を経てもなお、聴く人の心に奥深く響くのでしょう。
<<参考音源>> (補注)リンク先、一番下の動画です。
ネット上には、本家の松井須磨子が歌っている『さすらいの唄』も上がっていました。大正6年の劇中歌そのままで、劇のセリフも一緒に録音されています。これを聴くと須磨子版の「さすらいの唄」は、かなり早いテンポで歌われていたことが分かりました。
それにしても、百年以上前の大女優本人の、生前の歌声を、今こうして聞けること自体が驚きであり、感銘を受けました。
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