落ち着いた環境の中で静かにこの歌を聴いていると、“きち兵衛さん(*1)” の柔らかで伸びやかな歌声が、素朴な3拍子のリズムと相まって、心の奥に染み入ってくるような気がします。また、技巧的でない素直で誠実な歌いぶりが、この歌に込められた思いを、より深く伝えてくれるようです。
ワルツは3拍子の円舞曲で、その語源はドイツ語の「回転」に由来するそうです。本来は社交ダンスで流される曲ですが、気持ちが安らぐような優雅な曲調の歌が多いですね。日本の歌でタイトルにワルツという言葉が入る、よく知られた歌としては、『水色のワルツ』、『東京ワルツ(*2)』、『星影のワルツ』、などが思い浮かびます。
ところで、この曲冒頭の歌詞は、【掌(てのひら)をじっと見つめ 幸せが薄いと あの人が言った通り あの人と別れた】となっています。
いわゆる『手相』の事を言っているのだと思いますが、こうした「占い」には手相の他に、星占い・四柱推命・タロット・姓名判断・・・・、など、実に様々な種類があります。
何れも、古代から用いられてきた歴史を持ち、それなりの根拠や経験則を積み重ねてきたのでしょう。その中で比較的もっともらしく感じられるのは、やはり手相かもしれません。
他の、例えば『星占い』などの場合、同じ日に生まれた人は無数にいるにも関わらず、皆が同じ運勢になると考えるのは、どうしても無理があるように思えます。
しかし手相というのは、その本人唯一無二のもので、全く同じ手相を持つ人は居ないはずですから、これがその人の運勢を現していると言われれば、何となくそういう事も有り得そうな気がしてきます。
手相の歴史は古く、約六千年前のインドで始まり、長い年月をかけて膨大な事例が収集・分類されています。多くの人々に共通する傾向やパターンを法則化したものが、現在の手相占いの基礎となっているため、「統計学的な側面を持つ」と言われることもあります。
もし、こうした過去の事例が現代的なデータとして体系的に蓄積され、分析可能な形になっているなら、膨大な過去データを基にした未来予測を得意とするAIによって、ある程度の精度を持った予測ができるかもしれません。ただ、現実にはそのような本格的なデータベース化は、まだ行われていないようです。
また、手の筋肉の発達や指の動きが『脳の状態』と強く結びついており、その影響が手相に現れるのではないか、という説もあります。つまり脳が感じていることが手相に現れるという考え方です。もっとも、これはあくまで仮説の一つに過ぎません。
手相は、手のひらに刻まれたサインから自分自身の内面や未来の可能性を読み取ろうとするものです。主に「基本7線」や、手のひらの膨らみである「丘」などを手がかりに運勢を判断します。特に、“運命線” や “太陽線” が運勢の動向を表わすとされています。
ただ、占いが「当たっている」と感じられる的中体験の多くは、実際には以下のような心理的な作用によるものでしょう。表題曲の歌詞も、まさにそうした心理効果の影響を受けているように思えます。
<当たると感じる心理的理由>
・バーナム効果: 誰にでも当てはまるような曖昧な表現を、自分だけに当てはまる内容だと感じてしまう心理現象で、占いが妙に心に刺さる理由の一つです。
・確証バイアス: 自分に都合の良い部分だけを無意識に記憶し、外れている部分を無視してしまう傾向。人は「当たった記憶」だけを大切にしてしまいます。
・自己理解: 占いの結果を通じて自分自身を見つめ直すことで、自己理解が深まり、結果的に「当たっている」と感じてしまいます。
手相をはじめ「占い」が示唆する未来には漠然としたものが多いようですが、これをもう少し具体的な形で述べたものが、「予言」と称されるものかもしれません。予言は、宗教的な色彩を帯びることもあります。
特に預言者と言われるような、その宗教の開祖的な人物が語った未来予言のような言葉は、後世にまで影響を与えています。
例としてよく挙げられるのは、新約聖書の中に書き現されている、イエス・キリストの予言「ユダの裏切り」、「ペテロの否認」、「エルサレム神殿崩壊」などでしょう。
しかし、これらの言葉は、イエス自身が生前に書き現したものではなく、イエスの死後に弟子たちによって書かれた福音書に記されたもので、その出来事を遡ってイエスの言葉として配置したと考えるのが一般的です。
つまり、「予言が当たった」というより、「起こった出来事を “予言の形で語り直した”」という理解です。
ここまでは、占いや予言による未来予測について、否定的な見解を述べてきました。ところで、占いや予言による未来予測をごくシンプルに考えると、その基本的な考え方は共通であり、「未来は既に定まっている」という事を前提にしているように見えます。
その定まった未来情報を、何らかのアクセス手段を用いて事前に知るというのが、占いや予言と云うものの本質だとも考えられます。
実は、最近これに近いことを科学的立場から推論し、未来予測が可能だとする物理学理論が現れてきています。現在・過去・未来が同時に存在するとする『ブロック宇宙論』や、量子真空のエネルギーを扱う『ゼロ・ポイント・フィールド仮説』です。
こうした理論は、「未来が決定している」ことを証明する理論ではないものの、未来情報にアクセスできると主張しています。「未来が完全に白紙とは限らない」という考え方が、科学の世界にも存在することは興味深いところです。
ただ、このような話は、結論が出る話でもなく、ましてこうした推論が実証的に証明されることは、今後も無いでしょう。
結局、手相などの占いというのは「未来を当てる技術」ではなく「今の自分をどう理解し、どう生きるかを考えるための鏡」だと言えると思います。
科学的な証明はないものの、長い歴史の中で培われた経験則や統計的な側面を持っていて、「未来の可能性の一つを示唆する」と考えて、楽しむべきものなのかもしれません。
私は、毎年正月に年賀参拝していますが、この正月も、近くの神社仏閣へ参拝した折に御神籤(おみくじ)を引きました。“おみくじ” も卜(ぼく)と呼ばれる、偶然性や気運を利用して観る「占い」の一種になります。
その “おみくじ” に書かれていた内容を思い浮かべながら、「占い」について、先のような取り留めもないことを、初夢のごとく思い浮かべてしまいました。
『さよならワルツ』という曲の紹介から、長い寄り道をしてしまいました。最後に、歌の話に戻りますが、表題曲タイトルにある “ワルツ” という言葉には、どこか「回って戻ってくる」ような響きがあります。
始まりと終わりが、はっきり区切られていない。人生の別れも、もしかするとそんなものなのかもしれません。
<<参考音源>> (*2)東京ワルツ(リンク)
昭和29年(1954)発売の歌で、“井上ひろし” などが歌っています。夜の東京の情景を歌った3拍子の優雅な曲で、叙情的でロマンチックな歌詞やメロディが特徴です。
<<補足資料>> (*1)手仕事屋きち兵衛さん
信州「安曇野」を拠点に音楽活動をされているセミプロ的な歌手の方です。ネーミングが少し変わっていますが、“手仕事屋”というのは、本業の木彫刻業から名付けられたのだと思います。
テレビなどメディアに登場することはないので、全国的な知名度は低いようですが、信州地域ではかなり知られた存在のようです。他の曲では、このサイトでも先に紹介している『わすれ雪』などがあります。
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