2026-01-23

おさげと花と地蔵さんと(郷愁歌謡の名曲から、“お地蔵さんの昔話” を現代の価値観で考える)

 おさげと花と地蔵さんと(リンク)

 ふと昔を思い出すような時、繰り返し聴くほどに、しみじみとその良さが分かってくる歌です。素朴な歌詞と、それに似合う穏やかな美しいメロディが見事に調和し、この時代の田舎の空気、ゆっくりとした風情が記憶によみがえってきます。

 
 描かれているのは、集団就職で故郷を離れ、今は大都会で暮らしている少年の、旅立ちの時の情景です。また、歌詞に直接的に書かれているわけではありませんが、離郷の時に遠くから見送ってくれた少女。
 言葉を交わすこともなかったかもしれない 、その控えめなおさげ髪の少女に対する、少年のほのかな恋心も感じとれます。

 この歌が発表されたのは昭和32年ですから、昭和29年頃から始まった地方から大都会への若者の集団就職が、まさに本格化しつつあった時代です。当時、田舎の次男三男坊が都会の工員や、商店の住み込み店員として数多く故郷を離れていきました。この歌の主人公もまた、そうした若者の一人だったのでしょう。

 一度都会に行ってしまうと、簡単には故郷へ戻れない時代でした。歌詞の主人公も、故郷を出て三年近く経ちながら、未だ一度も帰省できていないようです。

 “集団就職” という言葉自体が今では忘れ去られようとしていますが、日本の高度経済成長が軌道に乗り始めたこの時期、欠かせない存在でした。しかし「金の卵」ともてはやされて就職したものの、その実態は過酷な労働環境だった場合も少なくなかったようです。

 未だ幼さが残る年頃でありながら、地方の片田舎を離れ、右も左もわからない大都会の真っただ中に置かれた若者たち。全てが目まぐるしく変化する大都会の中にあって、故郷のゆっくりとした空気や仲間たちを懐かしく思い出すのは、自然なことだったでしょう。

 

 ところで、この歌には村はずれに佇む「石の地蔵さん」が登場します。
道端や村の境目などに祀られていることの多い “お地蔵さん”ですが、日本人にとって身近で素朴な祈りの対象として、これほど適したものは無いでしょう。

 信仰というほど大げさなものでなくても、心が沈んだ時や困難な状況に置かれた時、何かにすがりたいという想いが出てくるのは当然のように思います。そんな時、身近にあり黙って悩みを聴いてくれるお地蔵さんは、気軽な相談相手として恰好の存在になります。

 お地蔵さんは、正式には地蔵菩薩(*1)と言い、お釈迦様が入滅してから弥勒菩薩(*2)が現れる遥かな未来までの間、苦しむ人々を救済するとされる仏様で、日本では道端や寺院で親しまれています。

 地方では、道祖神として村と村との境に立つことも多く、子供の守り神としての役割も強いので、日本人には最も身近な仏様と言えるかもしれません。

 


 昔話や絵本にも数多く登場しますが、中でもよく知られているのは『笠地蔵(かさじぞう)』という物語ではないでしょうか。

 この物語の “あらすじ” は、次のような話になっています。
【大晦日の雪の降る寒い日、貧しいおじいさんが正月のお餅を買うために町へ笠を売りに出かけますが、一つも売れませんでした。帰り道、雪に埋もれている六体のお地蔵様を見つけます。

 おじいさんは、売れ残った笠五つをお地蔵様にかぶせてあげますが、笠が一つ足りません。そこで、自分のかぶっていた笠を脱いで、最後の一体にかぶせてあげ、手ぶらで家へ帰ります。するとその夜、地蔵様がおじいさんの家を訪ね、恩返しとして餅や宝物を運んでくれました。】

 親切を施した無欲な善行者に、思いがけない福運が謝礼としてもたらされるという『致富譚(ちふたん)』の代表的な物語です。
 この話を現代の、少し現実的な話に引き寄せて考えてみると、そのポイントは2つあると思います。

 一つは、「自分が “かぶっていた笠” を脱いでお地蔵様にかぶせてあげた。しかし、その行為を知っている人間は、自分の他には誰もいない」という点。もう一つは「そもそも “雪の中のお地蔵さんが可哀そう” という意識が持てるかどうかでしょう。その感性がなければ、この話に共感することは出来ないはずです。

 現代のボランティアの精神にも通じるところがある話ですが、その “ボランティア” も人によっては「偽善的な行為」と否定的にとらえる方もおられます。つまり、「表面上は善人や善良な行いを装っているが、実際には自分の利益や評価を期待しての行為のはずだ。」という考え方です。

 実際に、半ば強制的なボランティアも見受けられたりしますので、確かに何らかの打算を持ってボランティア活動をしている人も、おられるかもしれません。災害ボランティアでも、観光気分で、人から感謝されることを楽しみにやってくるような人の話も耳にします。

 「純粋な利他主義ではなく、偽善的であり自己満足に過ぎない」という、こうしたボランティア活動への批判に、理屈で反論するのは難しいかもしれません。

 先の『笠地蔵』の話にしても、仏教の地蔵菩薩に関する代表的な経典である「地蔵菩薩本願経」には、お地蔵様にお線香と花をたむけ、供養をすると28種の功徳と7つの利益を得られるとされています。

 穿った見方をすれば、『笠地蔵』のおじいさんも、そうした事を知っていたからこそ、物語のような善行を行ったと解釈することも可能です。

 しかし、災害ボランティアに参加されている方は、純粋に見返りを求めず、自発的に活動されている方が大半でしょう。
 ただ、善意でボランティア活動をしている中で、自己満足を覚えたり、感謝されて気分が良くなることがあるのは、当然だと思います。普通の人は完璧な人格者でもなければ、極悪人でもありません。

 過去に同じような災害を経験し、その辛さを身をもって知っている人が、その時の経験を生かして、新たな災害への支援活動を行うことも多いとも聞きます。
 ここにボランティアというものの本質というか、重要なポイントがあるようにも感じます。

 ボランティアに限らず何事も、白か黒かの極端な二者択一的な考え方ではなく、中間を認めて、よりbetterな方向へ『現実的に踏み出していく』ことこそが、最も重要ではないかと思うのです。



 歌の紹介から、話がそれ過ぎてしまいました。最後に話を戻しますが、この曲では『おさげと花と地蔵さんと』というタイトルの言葉が、非常に印象的です。

 歌詞には、別れの時にお地蔵さんも一緒に「黙って泣いていた」ように、主人公が感じている描写があります。地蔵さんが、別れの辛さを静かに見守ってくれている存在として、主人公の心象風景が描かれているようです。

 この曲は、一見すると歌詞もメロディも素朴で、平凡な歌のように感じるかもしれません。しかし、当時の時代背景を思い描きながら、じっくり耳を傾けていると、都会での辛い仕事を終えたあと、茜空(あかねぞら)の彼方のふるさとに、思いを馳せる若者の心情が伝わってきます。

 さらに、今住む大都会とは対照的に、時がゆっくりと流れている故郷への郷愁が、静かに浮かび上がってくるようです。

 日本の一時代の記憶が、そっと封じ込められている、郷愁歌謡の傑作と呼ぶにふさわしい一曲だと思います。

 


<<参考資料>>

(*1)地蔵菩薩:
 大地のように広大な慈悲で一切の衆生(生きとし生けるもの)を救う仏で、特にお釈迦様の後継者である弥勒菩薩が現れるまでの間(「無仏時代」)、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)を巡り、苦しむ人々を救済する菩薩です。

 剃髪した僧侶の姿で、右手に錫杖(しゃくじょう)、左手に宝珠(ほうじゅ)を持つのが一般的で、日本では「お地蔵さん」として親しまれ、子供の守り仏や道祖神としても深く信仰されています。 


(*2)弥勒菩薩: 
 お釈迦様の次にこの世に現れて仏となり人々を救うとされる「未来仏」で、釈迦の滅後、56億7千万年後に地上に降り立ち、悟りを開き人々を救済するとされています。

 現在は兜率天(とそつてん)で修行を続けている存在ですが、多くの仏像(特に弥勒菩薩半跏思惟像)が有名で、人々を救済する「メシア」のような役割を持つ信仰の対象です。

 

 

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