昭和50年代の終わり頃、通称『欽どこ』と呼ばれたテレビの人気番組の中で、『もしも明日が』という曲がよく歌われていました。高い視聴率を記録したバラエティ番組でしたので、覚えておられる方も多いと思います。
1.「安直な歌」との印象を持たれた
『欽どこ』は、スタジオに観客を入れて収録を行う「公開録画形式」の番組でした。スタジオ内にセットされた “お茶の間”で、人気少女ユニット『わらべ』が、毎回この曲を歌っていました。
こうした大変にぎやかな環境の中で歌われていたためか、当時この曲は、「軽い」「当たり障りがない」といった印象で、受け止められることが多かったようです。
一方、レコード売り上げでは100万枚という大ヒットを記録しました。こうした商業的成功にもかかわらず、歌そのものは “平凡” という言葉で軽視されがちで、深く論じられることは少なかったように思います。
中には、歌詞の内容を「絵に書いたような小市民的生活で、毒にも薬にもならぬ歌」というように、いかにも安直(あんちょく)な歌、であるかのような感想を述べられる方もおられました。
番組自体の制作意図もあり、当時この曲がそういう印象を持たれるのは、仕方なかったのかもしれません。しかし、時を経て今あらためて聴き直すと、懐かしさと同時に、何とも言いがたい優しさに気づき、温かい気持ちになるという人が多いようです。
当時は何気なく聴いていたこの歌を、丁寧に見つめ直してみると、「安直」どころか逆の印象を受けます。軽い歌ではなく、むしろ非常に緻密に計算された構造と、静かな思想を宿した歌だと思えてくるのです。
以下では、この曲について深く掘り下げてみたいと思います。
2.「もしも」という仮定法の連なり
荒木とよひさは、数多くのヒット曲を手がけた名作詞家で、本作でも子供から大人まで心に響く、平易ながらも深い言葉を選んでいます。
この曲では、当時の素朴な日常の風景や、人とのつながりを描いていますが、韻律を持たせた構成になっていて、その特徴は「もしも」という語の反復です。
もしも あしたが晴れならば
もしも あしたが雨ならば
もしも あしたが風ならば
晴れ・雨・風という自然現象は、人の力ではどうにもなりません。つまり、この歌は「自分では決められない明日」を前提にしているのです。
それでもなお、「あの場所で、そばにいて、呼びにきて」と、人と人との関係だけは保とうとする。
仮定の話を繰り返すことで、強い願いがより鮮明になってきます。ここには、楽観ではなく、むしろ不確実性への自覚があるように思えるのです。
さらに見ていくと、この歌の「核心」と思える言葉が出てきます。
心の窓辺に灯をともす
心の垣根に花を咲かせる
「窓辺」は外と内をつなぐ場所、「垣根」は本来人と人を隔てるもの。窓辺に灯をともすことは、他者を迎え入れる意思表示であり、垣根に花を咲かせることは、境界をやわらげる行為です。
”窓辺に灯りがともる”、或いは ”垣根に花がある” と安心感が生まれますが、この歌は、そんな小さな安心を大事にしよう、と言っているように感じるのです。
3.誰もが歌いやすい構造
この曲の旋律は、「音域が広すぎない、大きな跳躍が少ない、音が順次進行(隣り合う音へ滑らかに進む)」という“誰もが歌いやすい構造” になっています。
派手な高音で感情を爆発させるタイプではありません。むしろ、語りかけるように進みます。「もしも あしたが晴れならば」ここは音がなだらかに上昇し、「愛する人よ」で柔らかく着地する。この設計は、感情を煽(あお)らず、しかし確実に感情を温めていくためのものです。
ト長調を基調としたコード進行は比較的オーソドックスです。起伏は穏やかながら、サビに向かって自然に感情が高まる構造になっています。さらに、サビ前で一瞬影が差すような響きが挿入されています。
音楽技術的には、柔らかな転調感(一時的な並行短調への移行)を含ませているのですが、このわずかな陰影が、「日常の中に、ほんの少しだけ非日常の光を差し込む」という効果を生んでいます。
これが「灯をともす」感覚と響き合っているのは偶然ではないでしょう。派手な転調ではなく、気づくか気づかないかの陰影。ここがこの曲の “上質さ”です。
また、最後のインストゥルメンタルパートでの転調により、曲全体に何ともいえない切なさを漂わせています。
4.「わらべ」が歌った意味
「わらべ」は純粋な音楽グループというより、テレビ番組での必要性から誕生した存在でした。つまり「物語の中の少女たち」です。しかし、その虚構性ゆえに、歌詞の世界は逆に純化されたと言えます。
「わらべ」という少女たちが歌ったが故に、社会的な現実の重みを背負いすぎない、生々しい恋愛の泥臭さを帯びない印象を聴き手に与えました。結果として、この歌は「抽象度の高い愛の歌」になっています。
三木たかしの旋律は、この少女の声を前提に、“透明度”を最大化する方向へ整えられていますが、それがこの楽曲の普遍性を支えているように見えます。
5.四季の歌との共通性
作詞した “荒木とよひさ”の、代表曲として知られるのが『四季の歌』ですが、この二つの作品には明確な共通項があります。『四季の歌』では、「春、夏、秋、冬」という季節を通して “心(内面)” を語っています。
一方、この『もしも明日が』では、「晴れ、雨、風、季節」を通して、“愛する人との関係” を語ります。どちらも、直接「心」を声高に叫ぶのではなく、自然を通しています。
自然を通して語るという距離の取り方が、かえって心の深部を照らしているのです。『もしも明日が』にもまた、流れゆくものを受け入れながら、それでも灯をともすという姿勢が伺えます。これは甘さではなく、成熟だと感じるのです。
6.時代背景を考える
この曲が歌われていた頃の時代背景を考えると、非常に興味深いものがあります。1980年代前半は、高度経済成長が終わり、石油ショックを経験し、生活は安定したが理想は少し色あせた時代でした。社会は豊かになったが未来はそれほど明るくない。
この微妙な空気の中で、「もしも明日が晴れならば」と、明日を仮定形で語る歌が流行る。これは偶然とは思えません。
60年代~70年代には、「革命、学生運動、社会変革」といった大きな物語がありました。しかし80年代に入ると、人々は、「家庭、日常、身近な人との関係」へと価値を移していきます。大きな物語の時代が終わり、理想よりも生活が優先される時代に入った頃でした。
こうして、80年代初頭の空気をたどると、『もしも明日が』は、まさにこの時代の日本社会における、「価値観の転換を象徴する歌」だったような気がします。
7.歌は時代の心を映す
この歌は、明るい曲調でありながら、メロディや歌詞には、どこか切なさや寂しさが漂っていますが、それがかえって「そばにいる人」の大切さを際立たせています。
明日何が起こるか分からない不安の中で、今日という日を大切にし、愛する人と心穏やかに過ごすことの尊さを大切にしようとする態度。それは安直(あんちょく)というより、むしろ成熟した視線ではなかったでしょうか。
「小市民的」と評されたのは、大きな理想を語らなかったからかもしれません。しかし、大きな理想を語らないことこそ、あの時代が選んだ合理的な判断でした。
前の時代の価値観の方が正しかったわけでも、80年代の価値観が正しいわけでもなく、あの時代の空気が生んだ必然的な選択でした。その空気感を映したのが、『もしも明日が』という歌だった。私にはそう思えるのです。
<<参考音源>>
わらべ『もしも明日が』ミュージックビデオ(リンク)
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