“初恋” という言葉を聞いたとき、誰の歌を思い浮かべるでしょうか。“初恋” という題名の歌は、時代を越えて数多く生まれてきました。今この言葉を聞けば、宇多田ヒカルや村下孝蔵の歌を思い浮かべる方が、ほとんどでしょう。一方、この『初恋』は、それよりはるか以前に生まれた作品です。
島崎藤村の第一詩集『若菜集』に収められた『初恋』。日本近代詩の黎明期に生まれたこの名詩は、『若菜集』の中でも抜きんでて有名ですので、ご存じの方もおられるかもしれません。昭和38年(1963年)、この名詩に “若松 甲” 作曲による美しいメロディーを付けたのが表題曲です。
七五調の心地よい韻律、文語定型詩ならではの格調。耳を澄ませば、詩の中の幻想的な光景が、静かに立ち上がってくるようです。
この詩の解釈は簡単ではありませんが、それだけ奥行きが深く、味わい深い詩だとも言えます。
1.詩のモデルになった女性
この詩は、有名な次の一節から始まります。
まだあげ初(そ)めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
詩の冒頭は「まだあげ初(そ)めし前髪の・・・」となっています。「まだあげ初めし」とは、「まだ結(ゆ)いはじめたばかり」ということです。この時代(明治中期)の女性は、大きくなると前髪を上げる習慣がありました。その時期は満12歳頃で、当時の高等小学校を卒業する時期が大きな転換点となっていました。
この頃の少女にとって、前髪を上げることは、子供から娘へと移り変わる節目を示すものでした。現代でいえば、ちょうど中学生になった頃にあたる年齢でしょう。
詩のモデルになった女性については諸説ありますが、有力とされるのは、藤村の生家である、木曾中山道の馬籠宿・本陣(島崎家)で、隣に住んでいた「上氏(かみうじ)」という旧家の娘(佐藤ゆう)です。屋号を「紙屋」といい、当時は脇本陣に次ぐ格式を持つ家柄でした。
“ゆう” は、藤村(本名:春樹)より1歳年下でした。家が隣同士だったため、幼少期は文字通り、幼なじみとして一緒に遊んで育ちました。非常に清楚で、おっとりとした控えめな性格だったと伝えられています。藤村の作品や当時の証言からは、色白で鼻筋の通った、馬籠でも評判の美少女であったことが伺えます。
ところで、詩の冒頭にある「まだあげ初(そ)めし前髪の 林檎(りんご)のもとに見えしとき」という描写ですが、実は当時の馬籠には、「林檎(りんご)の樹」は無かったというのが定説です。
藤村は後に「リンゴは、当時読んだ西洋詩の影響や、音の響きの美しさから選んだ象徴的なアイテムだった」といった趣旨のことを述べています。つまりこの詩は、現実の記憶をそのまま写したものではなく、文学的想像力によって昇華された世界なのです。
“ゆう”は、明治23年(1890年)17歳の時に、岐阜県中津川の素封家(西澤家)へ嫁ぎました。藤村は、彼女に「自筆の詩」を贈ったりしていますので、”ゆう“ 自身は、自分が『初恋』の詩のモデルになっているという事は自覚していたでしょう。ただ、自分からそうしたことは一切話さなかったようです。
『初恋』は、藤村の個人的な幼少期の記憶が、詩人の筆によって、誰もが胸に抱く “初恋の原風景” へと変わりました。そこに、この作品の普遍性があります。
2.樋口一葉『たけくらべ』に見る「初恋」
藤村の『初恋』のモデル“ゆう” は、明治6年(1873年)生まれですから、二人の淡い交流があったのは、彼女が10代前半だった明治18年~19年頃の物語と考えるのが最も自然です。
ところで、藤村が『初恋』の詩を書いたのと、ほぼ同じ時代に、樋口一葉が『たけくらべ(丈比べ)』という有名な小説を書いています。
この作品は、一葉本人が実際に見聞きした光景がベースになっているため、かなり厳密に時期を絞り込めます。それから推察すると、この作品が描かれている時代は、明治26年~27年(1893~1894年)頃と考えられます。
つまり、藤村の『初恋』の詩が描く時代の、およそ10年後が舞台になっている作品ですが、両作品に共通して現れるのが、「前髪を上げる」という習慣です。
しかし、その意味はまったく異なります。藤村はそれを「恋のはじまりを告げる美しい象徴」として描きました。一方、一葉はそれを「少女が遊郭の世界へ踏み出す入口」として描いたのです。
『たけくらべ』主人公の美登利は、吉原の遊女になる運命。相手の信如は寺を継ぐために俗世を捨てる(僧侶になる)運命。
この二人の「大人の世界へ引き裂かれていく直前の、一瞬の心の交錯」が描かれているため、私たち読者はそこに、『もう二度と戻れない、純粋な初恋の輝き』を感じ取ります。
一葉が弱冠24歳で書き上げたこの『たけくらべ』は、当時の遊郭周辺のリアルな空気感と、少女が「商品」へと変貌していく際の心の傷を、驚くほど冷徹に、かつ慈しみを持って描ききっています。
作品の中で、同じ「前髪を上げる」という習慣を扱いながら、藤村の世界には、薄紅の秋の実が輝き、一葉の世界には、逃れがたい運命の影が差します。
こうして比較してみると、当時の女性にとって「大人になること」の意味が、住む場所や環境によって、いかに違っていたかが浮き彫りになります。
3.文語定型詩の美しさ
ここで、『初恋』の詩の一節を、あらためて味わってみましょう。
前にさしたる花櫛(はなぐし)の
花ある君と思ひけり
薄紅(うすくれない)の秋の実に
人こひ初(そ)めしはじめなり
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ
現代の口語散文調では到底たどり着けない、幻想的で格調高い響き。文語定型詩がもつ凝縮された美が、読む者の心に深く響きます。
七五調の律動は鼓動のように静かに響き、もともと音楽性を内に秘めています。半世紀後に旋律が付されたことは、むしろ自然な流れだったのかもしれません。
派手さはありませんが、抑えた情感と静かな余韻のあるメロディー。
静かな夜に、あらためてこの歌に耳を澄ませてみると、明治の詩人が見つめた一瞬の光景が、この詩によって、永遠へと封じ込められたようにも感じられます。
また、言葉と旋律のあいだから、あの “薄紅(うすくれない)の秋の光” が、そっと立ち上がってくるように思えるのです。
<<参考音源>>
舟木一夫が歌う「初恋」(リンク)
<補注>
リンク先映像には、藤村が「明治女学校高等科」英語科教師として教壇に立った時の教え子である「佐藤輔子」が出てきます。
藤村と佐藤輔子とのロマンは有名な話で、この輔子が『初恋』の詩のモデルとする説もあります。しかし、年齢的にはやはり子供の頃の幼なじみ「佐藤ゆう」モデル説の方が正しいように、私には思えます。
<<参考資料>>
岩波文庫 『にごりえ・たけくらべ』 樋口一葉 作
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