1970年代初頭に大ヒットした『別れのサンバ』。その歌い手・長谷川きよしは、視覚に障害を持ちながらも卓越した音楽性で多くの人を魅了したシンガーソングライターでした。私はその姿から、ふと江戸時代に同じく盲目でありながら不朽の大事業『群書類従』を編纂した国学者・塙保己一(はなわ・ほきいち)のことを思い出しました。
異なる時代に生きた二人が、音楽と学問という異なる道で光を見出した――、今回はこの二つの物語をたどってみることにします。
長谷川きよしは、落ち着いた雰囲気と透明感のある歌声、卓越したギター・テクニックで、フォーク世代の若者たちに支持され、この曲は40万枚を超える大ヒットとなっています。長谷川自身は、自分の歌は “フォークではない” としていて、『ではなんだと言われれば、シャンソンもブラジル音楽もアメリカのポップスも歌っているので、説明に困る。ただ好きな音楽を、ギターを奏で歌ってきた、それだけだ。』と語っています。
高校三年生のときシャンソン・コンクールに入賞したことがきっかけで、シャンソン喫茶などで歌い始めています。当時その歌声を聴いた森山良子が、彼の超絶的なギター演奏と濃密かつ透明度の高い歌声に感動し、音楽プロデューサに紹介したことで世に知られるようになりました。
この『別れのサンバ』は発売当初こそあまり反響がありませんでしたが、深夜放送で流されるようになると、フォーク世代の若者たちに支持され大ヒットとなりました。タイトルにある「サンバ」は、ダンスなどを含んだ複合的なブラジルの大衆音楽です。一般的には陽気なダンス音楽を思い浮かべますが、実際には多種多様な形式があり、叙情的で穏やかな旋律のものも多くあります。
『別れのサンバ』はまさにその一例で、バラードのように静かで、長く伸ばす旋律が “つらい別れを心の奥でかみしめる” ような余韻を残します。時流に染まらず、自分を曲げず、独自の音楽を追い求めてきた “長谷川きよし” ですが、今もライブ演奏などで現役として活動を続けているそうです。
近年では、盲目のピアニスト・辻井伸行の存在が広く知られています。視覚障害という決定的なハンディを抱えながらも、健常者も及ばない技術と音楽性を発揮する――それは想像を絶する努力の賜物です。
長谷川きよしは2歳の時、辻井伸行は出生時から視力を失っています。彼らが音楽を学び始めた時点では、すでに「見えない世界」にいました。それでも心の中に確かな音の光を見つけた――その姿に人間の可能性の深さを感じます。
ところで、塙保己一(はなわ・ほきいち)という名前については、どこかで聞いた事がある人が多いと思います。私も、江戸時代後期の人で、「全盲でありながら群書類従(ぐんしょるいじゅう)という現在の百科事典のようなものを編纂(へんさん)した」、という程度の事は漠然と知っていました。しかし、その業績がどれほど凄いことなのか、また、ただでさえ難しく途方もない事業を、全盲の保己一がどうして成し遂げることができたのか、については全く分かっていませんでした。
ここからは表題曲の話から外れてしまいますが、盲目の国学者「塙保己一」という人物、及び彼が主導して出来上がった「群書類従」について少し深堀りして、ご紹介したいと思います。(次のリンク先に詳しく書いていますので、ご興味のある方はご確認下さい)
【全盲の塙保己一による、「群書類従」編纂の仕組みについて考えてみた】(リンク)
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