つい最近、近くの商店街に鮮魚店がオープンしました。店開きのセール期間中は店頭に花が置かれ、 自由に持ち帰ってよいとのことでしたので、小ぶりのバラとガーベラ、それに添付写真の花を合わせて数本、いただいて帰りました。
店頭で手に取った時には気付かなかったのですが、家で花瓶に挿してから、あらためて眺めてみると、写真のとおり背の高さ順に整然と並んで咲いているように見えます。まるで、小学生が先生の号令に従って背の高さ順に整列しているようで、思わず微笑ましくなりました。
自然の摂理なのでしょうが、どうしてこのような並び方になるのか、不思議な気がします。私はつい「この花たちは、自分がどこまで伸びるべきかを知っているのではないか」と感じてしまいました。
植物について造詣が深い方であれば、このように育つ理由を理路整然と説明されるのでしょうが、素人的には、一本一本の花が意志を持ち、自分で背の高さを調整しているようにも思えてしまいます。
花には人間のような意味での「意志」や「意識」はないはずですが、近年では、植物が周囲の環境刺激を感知し、それに応じて反応する能力を持っている、という研究の話も耳にするようになりました。
物理的に考えてみると、根元の茎は太く、先へ行くほど細くなっています。そのため、先端に近いほど耐えられる重さは小さくなり、結果として、先で咲く花ほど自重の限界に達しやすくなるのでしょう。まるで花自身が、それ以上伸びない方がよいと判断しているかのようにも見えます。
Googleレンズを使ってこの花の名前を調べてみると、「スターチス」という花だと分かりました。このように背の高さ順に整列したように咲く花は、実際には他にも多くあるのでしょう。ただ、普段はそこまで意識して観察することがないため、気付かなかっただけなのかもしれません。
考えてみると、この花のように、何らかの法則に従って“勝手に規則正しくなる”現象は、世の中に意外と多いのではないでしょうか。放っておくと何でもカオスになるように思われがちですが、自然界では、むしろ逆のことが起きている場面も少なくないように感じます。
一見すると無秩序に見えるものも、視点を変えて眺めてみると、実はある法則に従って整っていた、ということも十分にあり得そうです。そう考えると、完全に無秩序なカオス状態になる、さらにそれを維持することの方が、かえって稀なのかもしれません。
何事も、全く自由な状態というのは不安定なので、安定を求める過程で自然に規則性が生まれる――そんなふうにも思えます。スターチスの花も、自分を支えている茎が折れてしまえば、開花そのものが成り立たなくなってしまいます。だからこそ、それを避ける方向へ自然に力が働いているのではないでしょうか。
翻って、私たちが暮らす世界に目を向けると、土台となる地球環境は温暖化によって厳しさを増しています。人類も地球生態系の一部に過ぎないのだとすれば、スターチスの花のように、大きな摂理として、人為的な環境破壊を自重する力が自然に働いてくれないものか――。
年の瀬も押し迫る中、花瓶の中の静かな秩序を眺めながら、そんな取りとめのないことを思い浮かべてしまいました。
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