人が一生のうちに出会う作品の中で、何十年経っても心の奥に残り続けるものは、そう多くありません。今回は、私の胸に深く刻まれている三つの作品をご紹介したいと思います。それは、歌、映画、そして童話です。
1.小さな木の実(リンク)
この曲の歌詞からは、タイトルになっている「小さな木の実」の種類までは分かりませんが、秋の里山では、農家の軒先や藪の中に、熟した烏瓜(からすうり)の実が蔓からぶら下がっているのを、よく見かけます。
赤や橙の実は何とも言えない良い色で、やわらかな秋の陽射しを受けて静かな輝きを放っています。そのどこか寂しげな風景は、この歌の印象と重なるように思えます。
この歌は、亡き父との「思い出の木の実」を握りしめた少年が、秋の草原で父の「強く生きよ」という言葉を胸に、孤独を乗り越えて前へ進む姿を描いた作品です
原曲は、フランスの作曲家ジョルジュ・ビゼーによる歌劇「美しいパースの娘」のセレナーデです。日本では、作編曲を 石川皓也、作詞を 海野洋司 が担当し、1971年にNHK「みんなのうた」で紹介されました。
透き通るような美しい旋律と、抑えた調子の歌詞が聴く人の胸に静かに染み入る作品ですが、亡き親の愛情を感じながらも、一人で立ち向かう子供の心境を、秋の風景とともに切なく美しく表現しています。
歌詞からは、少年の父親が既に亡くなっていることがうかがえますが、その事情は語られていません。ただ、この歌が発表された当時の日本では、交通事故による死が社会問題となっていました。
海野洋司は、もともと『草原の秋』という詩を書いており、交通事故で父を亡くした子供の話から着想を得て、その詩を基にして、この歌詞を書いたと言われています。
ところで、こうした背景を知らずに初めてこの歌を聴いたとき、私の頭に浮かんだ情景はまったく別のものでした。
少年の故郷は南フランスのどこかで、父親は兵士として第二次世界大戦に出征し、ナチスとの戦争で亡くなったのではないか。そんな情景を、私は自然と思い描いていたのです。
原曲がフランスの歌劇であったことが、そうした印象を生んだ理由かもしれません。しかしそれ以上に、父親の死を静かに淡々と表現していることが、次に述べる映画を連想させ、そうした想像を呼び起こしたのではないかと思います。
少年は、親を亡くした悲しみを声高に叫ぶのではなく、静かに自分の心の中に落とし込んでいるような雰囲気が感じられます。それ故に、歌の背後にある悲しみが、より一層聴いている人の胸に響くのです。
2.映画『禁じられた遊び』
こうしたイメージから、私はある映画を連想しました。思い浮かべたのは、ルネ・クレマン監督による名作映画『禁じられた遊び』です。
この映画は、第二次世界大戦下のフランスを舞台にした物語ですが、作品全体を注意深く見てみると、全編悲しい話であるにも関わらず、登場人物が泣くシーンが非常に少ないことに気づきます。
冒頭で、主人公の両親がナチスの爆撃機からの機銃掃射で亡くなる場面も、意外にあっさりと描かれています。また少女ポーレットと、彼女と偶然に出会った少年ミシェルは、ふつうの平和な時代の子どもたちのように無邪気に遊び続けています。
だからこそ、ラストシーンで、駅構内の群衆の中をさまよいながら、既に亡くなっている母親の名を呼び続ける幼いポーレットの姿は、胸に迫るものがあるのです。
つまり、平時での抑えた表現、静かな描写が、最後の場面での感情の高まりを際立たせているのです。その構図は、『小さな木の実』の歌が持つ印象とも重なるように思えます。
村治佳織のギター演奏による「禁じられた遊び(愛のロマンス)」(リンク)
3.童話「ちいちゃんのかげおくり」(リンク)
映画『禁じられた遊び』のラストシーンから、私はさらに、ある作品を思い出しました。“あまんきみこ(阿萬紀美子)”による『ちいちゃんのかげおくり』という童話で、太平洋戦争の悲惨さを伝える、著名な作品です。
子供向けの読み物だということもありますが、この作品もまた、非常に静かな語り口で物語が進みます。戦争の悲惨さを伝える物語でありながら、この物語のどこにも、声高に戦争の怖さや悲惨さについて言及したような箇所は見当たりません。
全体的な印象としては、実に淡々と起こった事実のみが書かれているような感じがします。にもかかわらず、いやそれが故に一層強く、読み終えたとき読者は戦争の悲惨さを、強く感じずにはいられません。
この童話は小学校の国語教科書に長年採用され続け、今も一部の教科書(*1)には掲載されています。「戦争のこわさ」は誰が読んでも感じるはずですが、私はそれ以外に、この話を読んで子供たちがどう感じたのかが気になりました。
読後の子供たちの感想文を確認してみると、「家族の大切さ」や「お金で買えない命の大切さ」、さらには「戦争は本当にあった事実ということ」を実感した子供が多かったことが分かりました。
この作品の最後の段落には、「・・・ちいちゃんが一人でかげおくりをした所は、小さな公園になっています。」と、”ちいちゃん” が亡くなった場所の、数十年後の様子が具体的に描かれています。
この一文は、戦争が遠い歴史ではなく、この国で実際に起きた出来事であったことを静かに伝えているように思えます。
こうした記述から、今の子供たちも「戦争が本当に身近にあった」という事を実感したのかもしれませんが、これは非常に重要な点だと思います。
テレビの向こう側にある、自分とは無関係な遠い話としてではなく、身近な話として子供たちが “戦争の悲惨さ” を実感することに、この童話は非常に寄与していると感じるのです。
「家族とはぐれる・空襲で家を焼かれる・幼い子が一人で命を落とす」といったエピソードは、当時の日本では数え切れないほど起きていた普遍的な事実です。
この作品に特定の誰かのモデル(*2)がいたわけではありませんが、何万人の「ちいちゃん」がいた現実を基に描かれています。
この童話を読むと、戦争の悲惨さ・恐ろしさ・虚しさといった事を、いやが応でも考えさせられます。しかし、この童話で描かれた80年前の日本はもとより、今現在もウクライナや中東諸国では、“ちいちゃん” と同じような境涯の子供たちが、毎日のように生まれてしまっています。
人の命の重さと、平和の尊さ。今回ご紹介した三つの作品は、そのことを静かに、しかし深く私たちに教えてくれているように思います。
こうして振り返ると、今回紹介した三つの作品には共通する特徴があります。それは、悲しみや不幸を声高に語っていないということです。
抑えた表現で語られるからこそ、その背後にある悲しみが、かえって深く心に響くのかもしれません。
<<参考情報>>
(*1) 教科書への掲載
1982年(昭和57年)に初めて採用されて以来、多くの子供たちに読み継がれてきました。現在も、「光村図書の小学3年生国語教科書」には掲載されています。
(*2) 「ちいちゃんのかげおくり」のモデル
この物語自体は、“あまんきみこ” さんによる創作です。しかし、全くのゼロから生まれた空想ではありません。あまんさんは、戦後、ある男性から「戦時中、出征する前に家族でかげおくりをした」というエピソードを聞き、それが物語の着想のヒントになったと言われています。
あまんさん自身は、少女時代を旧満州(現在の中国東北部)で過ごしており、直接東京大空襲を体験したわけではありません。しかし、引き揚げの際の混乱や、戦争で多くを失った人々の悲しみを間近で見てきました。
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