街を歩いていると、ときどき「これは何のためにあるのだろう」と思うような、不思議な構造物に出会うことがあります。役に立つのかどうか分からないのに、妙に大事に残されている物です。
美術家であり作家でもあった赤瀬川原平は、1970年頃、東京・四谷で『純粋階段(無用階段)』と名付けた面白い階段を見つけています。その階段は、上り下りする形こそ立派に備えていながら、上った先には何もなく、結局は降りてくるしかないという、実に不思議な階段でした。
<東京・四谷で見つかった赤瀬川原平の「純粋階段」>
後に判明したところでは、もとは外から旅館の二階へ上がるための階段だったそうですが、旅館が建て替えられたあとも、なぜかその階段だけが残されていました。しかも無用になったあとも修理までされ、大事に保存されていたと言います。
こうした、実社会ではまるで役に立たないのに、まるで芸術品のように丁寧に残され、あたかも展示物のような佇まいを見せている存在。しかも、作った人にはアートとして作った気持ちは全くない。
そうした、一般的な芸術品よりもむしろ芸術らしい存在を、赤瀬川は「超芸術」と名付け、街の中にいくつも見出していきました。
ところで私は最近、これに少し似た階段を見つけました。四谷の『純粋階段』に比べれば、ずっと小さなものですが、下の写真のような不思議な小階段です。
<散策コースに置かれた、三段だけの謎の小階段>
この階段は、私がよく歩く軽ハイキングコースの途中にあります。階段といっても、人の腰ほどの高さしかなく三段で終わっています。その上には、がっしりとした鉄製のアーチが三本かけられています。
苔むしているところを見ると、かなり昔からある構造物のようですが、いったい何のためのものなのか、最初はよく分かりませんでした。
ただ、周囲をよく見てみると、すぐ傍に高さ 1メートルほどの可動式の鉄製扉がありました。おそらく閉門時間になるとこの扉を動かして車両の通行を止め、人だけは端に設けられたこの小階段から出入りできるようにしているのではないかと思います。
それにしても、人だけを通すための構造物にしては、少し立派過ぎる造りです。普通に考えると、スチール製の「コの字型バリカー」を一つ設置すれば、事足りそうな気もします。
それでも、ここまで頑丈で立派な構造物にしているのは、何か別の用途や特別な理由でもあるのでしょうか。私にとっては、いまだに謎のままの「不思議な小階段」です。

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