日野てる子の『さいはての湖』(リンク)
ふとした折に、昔の歌を懐かしく思い出すことがあります。
『こういう歌手が居たなあ、こういう歌もあったなあ……』と、遠い時代の情景とともに蘇る歌。表題の歌手と歌もその一つです。
日野てる子さんは、昭和40年(1965)『夏の日の想い出』がヒットし、長い黒髪に花飾りをあしらった姿が印象的な歌手でした。
1.「さいはて」という言葉に親しみがあった時代だった
この『さいはての湖』は、『夏の日の想い出』の翌年に発表された作品です。今ではこの曲をご存じの方も少なくなっていると思いますが、哀愁を帯びた旋律が、「幽遠で神秘的な湖」という印象を強く抱かせ、歌詞からは遠く離れた相手への深い慕情が伝わってきます。
“さいはて” とは、単なる地理的な終点ではなく、人の想いがたどり着く場所でもあるのです。
1960年代から70年代にかけては、“さいはて” という言葉を冠した歌が数多く作られました。当時の若者にとって、この言葉は決して特別なものではなく、むしろ親しみのある響きを持っていたように思われます。
歌詞には、悲しい恋での傷心を一人静かに癒す場所として、「さいはての湖」が描かれています。具体的な地名は登場せず、湖はあくまで抽象的に描かれていますが、それゆえ一層、聴く人が想像を膨らませ、情緒を深めているような気がします。
2.モデルになる実在の湖を推測する
“正しい答え” のある話ではないのですが、ここでは敢えて、この歌のイメージに合う、実在の湖を推測してみたいと思います。
「さいはて」と言っても、日本では北端と南端の両方の可能性がありますが、やはり語感からすると、北の果てというイメージの方が強くなります。
北海道最北端の宗谷岬付近、及び道東の知床岬や根室付近には大きな湖は見当たりませんが、東北部の網走から紋別間の沿岸部に「サロマ湖」「能取湖」があります。
内陸部にも「摩周湖」や「阿寒湖」などの良く知られた湖がありますが、“さいはて” という言葉からは、内陸部より海岸近くのイメージがより強く感じられ、中でも「サロマ湖」という名の響きは詩的で、この歌の舞台として相応しく感じられます。
3.景勝地としての、実際のサロマ湖
この曲のモデルに相応しい湖として、サロマ湖の名前を挙げましたが、この湖は淡水とオホーツク海からの海水が混じる「汽水湖」として知られています。
オホーツク海の湾入部が堆砂によって海と切り離された潟湖ですが、砂州上や周辺には貴重な植物の宝庫である原生花園がある他、湖岸各地に景勝地があります。
ところで、『さいはての湖』の歌詞は、次のフレーズで始まります。
さいはての湖を たそがれの中に見た
うれいに沈む想いに 茜雲がしみる
上記歌詞のように、サロマ湖の南東側は湖面に沈む夕陽の美しいことで知られていますので、もしこの歌に具体的な風景を重ねるとすれば、そうした夕景が最も近いのかもしれません。
私は若い頃、網走近郊の原生花園までは訪れた事があったのですが、その時このサロマ湖には足を延ばせず、実際にその湖を見たことはありません。しかし頭の中では、何故かこの曲とサロマ湖が結び付き、幻の湖のようになっています。
4.伝説のさまよえる湖「ロプノール」
この「さいはての湖」というイメージは、日本の中だけに留まるものではありません。この歌が流行っていた当時、バックパックを背負って、世界を放浪する若者(バックパッカー)が大勢いました。
こうした若者達に一種の憧れの地として見られていたのが、古来中国で「西域」と呼ばれていたシルクロード地域です。中でも、伝説の都市「楼蘭(ろうらん)」と、“さまよえる湖”と言われた「ロプノール」は、その象徴でした。
『漢書西域伝序』という古文書には、当時(紀元前100年頃)の西域にあった広大な湖「ロプノール」と、その西岸で栄えた都市国家「楼蘭」のことが記されています。
しかし、その後地域一帯の乾燥化進行などで、楼蘭とロプノールはいつしか流砂の中に消えてゆき、ついにはどこにあったのかもわからない、伝説上の存在となっていました。
ところが、スウェーデンの地理学者・探検家のスヴェン・ヘディンが、19世紀末頃からこの一帯を踏査し、1900年に当時ロプノールの有力候補だったカラ・コシュン湖のはるか北方で「楼蘭」の遺跡を発見しています。
さらに彼は、ロプノールが「ある周期(*1)で、一旦消えた後に別の場所に突然現れる【さまよえる湖】である」との学説を唱え、これがヘディンの著書によって世界中に広く知られることになり、幻の湖として、若者たちの憧れの対象になっていました。
このヘディンの「さまよえる湖」説は、周辺の標高差が僅かしかないことから、川の流路がある期間を経て大きく変化することを根拠としていて、今でも広く知られています。
しかし、これはあくまでも一つの仮説であり、ロプノールについては、ヘディンの他にも多くの学者が研究成果を発表しています。
それらの中には「湖の移動などは起きていない」とする説もありますので、“さまよえる湖” 説は、通説の一つではあるものの、実証された学説という訳ではありません。
こうした話はロマン溢れる魅力的な話ですので、シルクロードの要衝となっていた幻の都市「楼蘭」と共に、今も考古学に興味を持つ人たちの憧れの対象となっています。
5.身近にもある「さまよえる湖」
ただ、こうした「さまよえる湖」は、自分の生活地域からは程遠い場所にある、夢のような話のように思われるでしょう。
しかし、実は、西域の「さまよえる湖」のように、消えたり現れたりする湖が、今現在も日本国内の身近な場所にもあるのです・・・。
こう聞くと驚かれると思いますが、実はここで言う「さまよえる湖」は『ダム湖』のことを指しています。一般的に「ダム湖」と呼ばれるものの数は全国に約2,700カ所、小規模ダムや堰(せき)なども含めると数万カ所にのぼります(*2)。
かつて高度経済成長期から1990年代にかけては、年間数十件のペースで新しいダムが建設されていました。しかし現在は、環境保護や公共事業の見直しにより、新規着工は非常に少なくなっています。
それでも、数十年かけて建設してきたプロジェクトが年間数カ所程度のペースで完成しています。
一方で、小規模ダムは都市化に伴い、不要になったため池が埋め立てられるケースが増え、年間数百カ所単位で減少しています。
人工的に生み出され、やがて役割を終えれば消えてゆく「ダム湖」。そこには、時代そのものの移ろいが映し出されています。数の上でも変化が続いており、ある意味では現代の “さまよえる湖” と言えそうです。
6.記憶が蘇るきっかけになる「懐かしい歌」
湖が移ろうように、人の記憶もまた移ろい、消え、そしてふとした折に再び現れます。可能な限り、自分の古い記憶を遡ってみたとき、そこに幼少期の何らかの心象風景が思い浮かぶなら、―――
それがその人にとっての「心の原点」、つまり「自己意識の ”最果て”」ということになるのかもしれません。
昔流行っていた歌を久しぶりに耳にすると、その当時の自分や、家族をはじめその頃 “自分の身の周りに居た人達” の情景が、フラッシュバックしたように一瞬で蘇ることがありますが、私にとってはこの『さいはての湖』もそのトリガー(きっかけ)になった歌でした。
<<参考情報>>
(*1) ある周期
「さまよえる湖」と言われるロプノールは、特定の周期で、現れたり消えたりするという学説が流布していました。特に1600年周期説は広く知られていましたが、現在ではこの説は否定されていて、周期の長さは不明とされています。
(*2) ダム湖100選
・数多い日本のダム湖の中で、特に景観が優れ、地域に開かれたダム湖として認定されている「ダム湖百選」というものがあります。
・2005年3月に「水源地環境センター」が、地域活性化や親水空間の形成を目的に、全国から公募・選定しています。
・名前に「百選」とありますが、必ずしも100箇所ではなく、現在、全国で65カ所が選定されていて、 散策路や公園が整備されており、単なる貯水池ではなく「美しい湖」として観光スポットになっています。
<<参考文献>>
・中公文庫『さまよえる湖』 スヴェン・ヘディン 著 鈴木啓造 訳
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