つまさき坂(リンク)
春先の坂道には、時折、『人』の記憶を呼び戻すような風が吹くことがあります。 平地では忘れていた感情が、坂の途中でふと蘇り、まるで『坂』が過去と現在を隔てる境界線のように感じることがあるからです。
そんな坂道で、元恋人と『偶然すれ違う一瞬』を、鮮烈な情景として描いた歌がありました。
1.「坂」をめぐる歌と文学
『つまさき坂』は、昭和54年(1979年)に発表された、シンガーソングライター・永井龍雲による楽曲です。
大ヒットしたわけではありませんが、この時代に青春期を過ごした人々の間では印象深い作品として知られています。
歌詞の情景が、聴く者の脳裏に映像として浮かび上がるような描写力を持った歌でした。
「坂」という場所を舞台にした歌では、さだまさしの『無縁坂』が有名ですが、これは上野不忍池にほど近い実在の坂です。
この坂を舞台に、森鴎外は『雁』という小説を書いています。東京は、高低差が激しく魅力的な坂が多いため、鴎外の『雁』に限らず古くから多くの作家たちが実在の坂に人生や恋、家族の物語を重ね合わせて物語を作ってきました。
2.本郷の坂を歩いた記憶
その鴎外や樋口一葉が住んでいた東京・本郷も高台にあり坂の多い街です。20年ほど前になりますが、私は本郷の一葉ゆかりの坂(菊坂や炭団坂など)を実際に歩いてみたことがありました。
炭団坂は江戸の昔、炭団(たどん)(*1)を商う人が居たからだとも言い、またあまりに急で、ときに人が炭団のようにころがり落ちるからだとも言われます。
今は階段になっているので、比較的歩きやすくなっていますが、これが坂のままだとしたら、確かに上がり降りが相当難しそうな急坂でした。この坂を降りきった少し先には、都心の洗練された雰囲気から取り残されたような、情緒ある風景が残っていました。
一筋の露地があり、奥へ入ると石畳が続きます。突き当たりには共同井戸がありました。
緑のペンキで塗られたポンプ式の井戸で、動かせば私が訪れたその時でも、水が出てきそうな雰囲気でしたが、一葉が住んでいた頃は釣瓶で汲み上げていたに違いありません。
その井戸を目の前にした家が、『樋口一葉の菊坂旧居跡』でした。
今はどうなっているか分かりませんが、私が訪ね歩いた時、その家は改築されながらも、どなたかが普通に生活されているような様子でした。
その一葉旧宅のすぐ横には、短い階段があり、そこを上がると菊坂台の通りに出ました。一葉の住居は、文字通り本郷台地の底に位置していたわけです。
3.「つまさき坂」という、架空の坂
一方、表題曲の永井龍雲『つまさき坂』は、実際の坂がモデルになっているわけではなさそうです。
北陸・金沢には、同名の有名な坂(*2)がありますが、福岡出身の永井がデビュー当時に(1978年)ここを意識していた可能性は低く、歌詞の情景から生まれた「架空上の坂」と考えるのが自然です。
歌詞冒頭が「爪先上がりの坂道で」となっていますので、この言葉をそのままタイトルに昇華させた可能性が高そうです。
足の爪先に、力を込めて登る必要があるような急坂のイメージが鮮明に浮かんできますが、この歌を聴く人それぞれが、自分にとって印象深い坂を自由に投影すればよいのでしょう。
私の場合は、実際に歩いたことのある、本郷の情緒ある急坂が思い浮かびました。
この歌詞では、春の肌寒い午後に、偶然再会した元恋人との切なくも美しい「すれ違い」が描かれ、大人になった彼女の面影と変化、別々の道を歩む二人の心理が繊細に表現されています。
4.すれ違い時の「一瞬の沈黙」に込められた動揺
かっては親しかった二人が、その坂道で偶然すれ違った時、言葉すら掛けられず、軽く会釈しただけで別れてしまった・・・。という場面描写が非常に印象的です。
それでは、この時の二人の心理状態はどうだったのか。少し掘り下げて考えてみたいと思います。
ここには、単に「気まずいから話さない」というレベルを超えた、非常に深い心理的ドラマがあります。
坂を上がる男性の方は早くから相手に気づいており、下る女性はすれ違う直前、ふと目を上げた瞬間に気づく。その時、女性の顔が「まるで病葉(わくらば)が散るように微かに揺れた」とあります。
この一瞬の動揺から、二人の別れが「嫌いになって別れたのではなく、何か特別な事情によって引き離されたのではないか」と想像できます。
二人は声を出して驚く代わりに、その場に「立ち尽くし」ます。周囲の街の音が聞こえなくなるほど、一瞬にして数年分の「過去の思い出」に心がタイムスリップしてしまったのです。
言葉が出ないのは、拒絶ではなく、胸に去来する思い出の情報量が多すぎたからだと言えます。
現実の「ざわめき」が戻ってきたとき、二人が選んだのは会話ではなく「軽い会釈」だけでした。なぜ踏み込まなかった(踏み込めなかった)のでしょうか。
5.なぜ二人は言葉を交わせなかったのか
男性の方が、声をかけられなかったのは、かつて素朴で「お化粧嫌い」だった彼女が、口紅を惹き、香水をまとっている。
男性はそれを見て、「自分の知らない誰か(新しい恋人、あるいは夫)が、今の彼女を形作っている」ことを一瞬で悟ったからでしょう。
つまり、彼女には現在の生活領域があることを瞬時に察知し、暗黙の自制心が働いて、それが「会釈」という、もっとも無難で切ない振る舞いになったと考えられます。
一方、坂を下る女性は、うつむき加減で視線が下(足元)に向いていました。つまり「心の準備がゼロの状態で、かつて深く愛した人が突然目の前に現れた」わけです。
その瞬間「言葉が出なかった」のは、気まずさというよりも、文字通りの「不意打ち」による精神的衝撃で、「感情が言葉になる前に立ち尽くしてしまった」と解釈すると、腑に落ちます。
この出会いの場所が、急坂ではなく平地であったなら、状況は変わっていた可能性が高かったと思います。
平地であれば、かなり遠くからお互いのシルエットが見え、距離が縮まるにつれて相手を認識し、近づく間にお互いに心の準備をする時間があります。
そうなれば、すれ違いざまに「あ……久しぶり」と、たとえ形式的であっても言葉を交わす可能性は格段に高くなったはずです。
しかし坂道だったからこそ、二人の間には決定的な “心理的タイムラグ” が生まれてしまいました。
女性は心の準備をする時間がゼロだった。だからこそ、驚きと動揺で言葉が喉に詰まり、ただ「立ち尽くす」しかなかった──。そう考えると、あの沈黙のシーンがよりいっそうリアルに、切なく迫ってきます。
6.坂がその後の二人の人生を暗示
また、これは私の穿った見方かもしれませんが、この「坂道の上がり/下がり」が二人の、その後の人生の行方を暗示しているように思えるのです。
二人の人生が交差したあの瞬間が、ある意味で二人の関係の頂点(ピーク)であり、すれ違った瞬間から、男性はより高く、女性はより低く、お互いの姿が見えなくなる方向へと離れていく。
この辺りは、作者が意図して書いたとは言えないかもしれませんが、なんとなくそういう予感のようなものを感じさせるのです。
本郷の菊坂などもそうですが、坂の上と下では、街の空気や暮らしの匂いまでもガラリと変わることがあります。
一葉自身も、坂の上(本郷台地の知識人の世界)と、坂の下(一葉が身を寄せた市井の苦しい暮らし)を行き来しながら、その境界線にある「坂」を、運命の象徴として見つめていました。
鴎外や一葉の作品に限らず、文学においては、坂道は「運命の分かれ道」や「心理的な高低差」を表現する格好の舞台として使われてきました。坂というのは、ただの地形ではなく、人生の象徴でもあるのです。
7.引き離されていく二人の運命
この『つまさき坂』は、歌詞・メロディ・歌唱のどれもが秀でた、心に染みる楽曲です。急坂で元恋人同士が「すれ違う一瞬」を切り取った、絵画のような情景描写の歌詞。
その場面を彷彿とさせる切なく哀愁のあるメロディ。さらに、永井龍雲の柔らかく透明感のある素晴らしい歌声。
それらが美しく結びつき、聴く人の頭の中には鮮明な映像が浮かんできます。また、一瞬の再会後に、急速に離れていく二人の心中が察せられ、深い余韻が残ります。
歌詞のラストは、
【足早に行く君の背は 雲に濾(こ)された日の光に
虚しく消えた】
という、非常に印象深いフレーズで閉じられています。
最後の「虚しく消えた」という言葉には、 相手を呼び止めることもできなかった未練と諦めが混ざり合った想いが溢れ出ていて、切なさが募ります。
坂道という立体的な舞台だからこそ、その「引き離されていく運命」が鮮烈に際立つのだと思います。再会したのが、平地ではなく急坂だったこと自体が、戻ることの叶わない “二人の運命” だったのでしょうか。
坂道とは、時に人を再会させ、そして再び遠ざける、人生の象徴のような場所なのかもしれません。
<<参考情報>>
(*1)炭団(たどん)
・炭団(たどん)とは、木炭の粉やクズを集め、フノリ(海藻)などの糊(のり)やデンプンで大人の握りこぶし大に丸めて乾燥させた固形燃料です。
・煙が出にくく、じわじわと長時間熱を保ちます。火力が強すぎないため、古くから火鉢や炬燵(こたつ)、あんかなどに使われてきました。
・現在では一般家庭の暖房器具として使われることは少なくなりましたが、茶道(香道)の道具や、囲炉裏の火種などとして現在も活用されています。
(*2)金沢の「つまさき坂」
・金沢の「つまさき坂(爪先上がりの小路)」は、旧北国街道沿いに浅野川大橋を渡って、橋場町交差点の手前右の裏通りを入ると、直ぐにその坂が目前に迫ります。
ここは、明治の文豪・泉鏡花が生まれ育った場所でもあります。
・この小路は観光で人気の東山の一画にあり、通りには老舗が多く家並みにも路地にも昔の面影が漂っています。
その先の「暗がり坂」の石段を下ると、お茶屋が並ぶ主計町(かずえまち)に繋がっています。
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