全国には四十七の都道府県がありますが、「道」という名を持つ自治体は北海道だけです。なぜ北海道だけが「県」ではなく、「道」と呼ばれているのでしょうか。私自身、これまでその理由を深く考えたことはありませんでした。
調べてみると、その背景には、日本の古代から続く地方制度との意外なつながりがありました。
1.北海道の名前の由来
古代律令国家では、全国を「五畿七道」と呼ばれる広域区分によって統治していました。東海道、東山道、北陸道、山陰道、山陽道、南海道、西海道──。
ここでいう「道」は、現在私たちが日常的に使う道路ではなく、「複数の国(地域)を束ねる広域行政区画」を意味していました。
明治維新後、蝦夷地の開拓を進めるにあたり、政府はこの古い制度にならい新たな広域地域として「北海道」という名称を採用します。
この命名のもとになったのが、幕末の探検家・松浦武四郎が提案した「北加伊道(ほっかいどう)」という名称であったことは、通説(*1)としてよく知られています。
「加伊」は、アイヌ語で「この土地に生きる人」を意味するとされ、その言葉を生かしながら「北海道」という地名が生まれました。
さらに明治初期には、北海道は札幌県・函館県・根室県の三県に分けられていた時期もありました。
しかし、広大な地域を三県だけで統治することは現実的ではなく、やがて現在の北海道へと一本化されます。
2.古代から受け継がれる「道」という発想
北海道という名称の由来を調べていくと、さらに興味深いことが見えてきます。それは、「道」という考え方そのものが、千年以上前の律令国家にまで遡るということです。
古代日本では、「五畿七道」という制度によって国土が区分されていました。その後、北海道が加わることで「五畿八道」とも呼ばれるようになりますが、この区分は単なる地理上の呼称ではなく、行政や交通を支える国家の基本構想でもありました。
現在では都道府県制が社会の基盤となっているため、「五畿七道」や「五畿八道」という言葉を耳にする機会はほとんどありません。
しかし、北海道だけは現在もなお「道」という名称を受け継いでいます。
そう考えると、「北海道」という名前そのものが、日本の古代から続く制度や文化の記憶を、現代へ伝えている存在であると言えるのかもしれません。
もちろん、行政制度としては時代とともに大きく姿を変えてきました。それでも、一つの地名の中に千年以上の歴史が息づいていると思うと、その響きさえも少し違って聞こえてきます。
3.未だ公的には廃止されていない「八道制」
先に、古来からの「八道(正式には五畿八道)」という地域統括制度について述べていますが、興味深いことに、この「五畿八道」という制度そのものを明示的に廃止する法律や政令は存在しません。
つまり、この制度は公的には未だ存続していると言えるのかもしれません。
とすると、最近将来の日本の統治機構(広域行政地域)の一案として「道州制」が話題になっていますが、実はこれに近い「八道制」が、遥か昔から “形の上では既に出来ていると” いう考え方もありそうです。
このように、法制史的な解釈では「八道制」は廃止されておらず、未だ存続していると言えるのなら、これはあまり知られていない、実に「意外な事実」であるような気がします。
しかし実際には、法的に「旧制度を廃止する」という手続きを経るのではなく、「新しい制度が実務を完全に代替したことで、古い区分が実質的に形骸化・無効化した」という経過を辿っています。
つまり「廃止法が存在しない」ことと「現在も制度が存続している」ことは必ずしも同義ではありません。
ただ、「古代の制度の考え方や名称が北海道という地名に受け継がれている」という点については、確かな事実だと考えられます。
<<参考情報>>
(*1) 「北海道」の名前の由来に関する学説
「北海道」の名前の由来は、松浦武四郎が提案した「北加伊道(ほっかいどう)」という名称が基になったというのが通説ですが、実はこれ以外にも様々な異説があります。
・「五畿七道」の制度に由来する自然選定説(律令制復活説)
・ 明治天皇による「一国一命名」の勅定(ちょくてい)説
・「蝦夷(カイ)」の音読み、文字化け説(アイヌ語否定説)
などですが、定説となっているものは未だ無さそうです。
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