2026-03-27

星の界(無窮への憧憬から、宇宙の根源へと思いを巡らす)

 星の界(リンク)

 どこかで一度は耳にしたことのある静かな旋律。現在では讃美歌『いつくしみ深き』として知られるこの曲は、かつて日本では『星の界(よ)』という名で親しまれていました。 
 同じ旋律でありながら、一方は祈りの歌として、もう一方は宇宙への憧憬を綴った楽曲として歌われてきたのです。


1.讃美歌として世界中で歌われている曲
 キリスト教会で行われる結婚式に参列したことのある方なら、その式場のチャペル(礼拝堂)で、この曲を合唱した記憶があるのではないでしょうか。

 今では賛美歌312番『いつくしみ深き』として広く知られていますが、戦前の日本では、表題の『星の界(よ)』というタイトルで、学校での音楽教科として習っていました。このため戦前の教育を受けた人達にも、よく知られていた歌です。

  森山良子が歌う『いつくしみ深き』(リンク)
 
 もともとは、1860年頃にアイルランド系カナダ人(*1)が書いた詩があり、この詩に感動したアメリカ人の法律家が曲をつけ、1865年「福音唱歌系の歌集」に収録されていました。それが評判になり、その後全米で、さらに各国のキリスト教徒に讃美歌として広く受け入れられ、世界中で愛唱されるようになりました。

 非常に美しく澄みきった旋律で、聴いていると心が洗われるような気がしてきます。鬱々とした気分の時でも、この音楽を聴くと心が静かに整えられ、安らぎを覚えるという方が多く、それだけこの曲には心を癒す不思議な力があるようです。

 音楽が人の内面に働きかける力を、これほど穏やかに感じさせる曲も多くはありません。また、森山良子さんの美声と卓越した歌唱力は、この曲の魅力を最大限に引き出していて、本当に素晴らしいです。


2.宇宙の果てに思いを寄せた歌詞
 ところで、明治時代に書かれた、この『星の界』の歌詞は難解です。今の私達では、タイトルの読み方からして悩んでしまいますが、これは「ほしのよ」と読むようです。

 明治期特有の格調高い言葉で書かれていて、歌詞中には「無窮の遠(おち)」、「窮理(きゅうり)の船に」などの難しい言葉が出てきます。

 「窮理」とは今の言葉では「物理」に相当しますが、「いざ其(そ)の星影 きわめも行かん」というフレーズもあり、この言葉の背後には、無限の宇宙に挑もうとする、人間の知的好奇心と畏敬の念を感じさせます。

 この曲に耳を傾けていると、「宇宙の神秘」というものに思いが馳せていきます。本題の歌の話からは少し離れますが、ここからは少し視点を変えて、宇宙の根源に関する話をしたいと思います。


3.量子の世界での不可思議な現象
 現代物理学は、私たちの常識的な世界観を揺るがす現象を明らかにしてきました。【量子もつれ】と呼ばれる現象も、その一つです。

 この現象を簡単に言うと、『2つ以上の量子(光子や電子など)が、たとえ何億光年離れていても、一方の状態が決まると瞬時にもう一方の状態が確定するという、非常に密接な、かつ不可思議な関係』のことです。
 この量子間は距離に依存しないため、例え大宇宙銀河の端と端に離れていても、この相関は瞬時に発生するとされています。

 何故このような不思議な現象が起こるのか、またそれは実験などで証明されているのか、非常に興味が湧きます。

 実は、この「量子もつれ」状態は既に実験的に証明されていて、地上と衛星の間(約1,200km)でも確認することに成功しています。

 また、量子力学の方程式において、もつれ合った2つの粒子の相関関係を示す数式には距離に依存する項が現れないため、理論的には距離に左右されない現象と解釈されています。つまり、数学理論上、距離が1センチだろうが100億光年だろうが結果(=現象)は変わらないのです。

 肝心の「なぜそうなるのか」という根本的なメカニズムは、未だ完全には解明されていません(*2)。ただ、「量子もつれ」と、SFによく登場する「ワームホール(時空の2点間を直接つなぐ近道のような構造)」は、実は同じ現象の裏表なのではないか? という仮説があります。

 これはあくまで理論物理学の一部で議論されている仮説の一つに過ぎませんが、もしこれが正しければ、実空間を飛び越える「見えないトンネル」のようなものが背後にあるという、時空構造についてのSF的な解釈が、現実の物理学になる可能性も否定できません。

 ここで重要なのは、「量子もつれ」という現象の奇異さではなく、私たちの「空間」や「距離」という概念そのものが、絶対ではないという事実だと思います。


4.現実へと近づく量子技術
 この辺の話は、一見、私たちの日常生活とは全く関係ないように思われます。しかし、この「量子もつれ」という現象は、実は、近々私たちの実生活にも直接影響してくる可能性が非常に高くなっています。
 それは、この理論が「量子コンピュータ」という現実世界の基盤技術として、既に応用され始めているからです。

 「量子もつれ」を利用したコンピュータは超並列で作業できるため、特定の問題においては、従来のコンピュータでは数万年かかる計算をわずかな時間で解けるようになると期待されています。


5.日常生活での「考え方の転換」ヘのヒント
 先に述べてきたような最新物理学理論の話は、我々の日々の生活やその中で発生する現実的な悩みとは、全く無関係でかけ離れた話のように思われるかもしれません。確かに、その通りなのですが、一方で「考え方の転換」という面から見ると、示唆するところが多々あるように感じます。

 古典物理では不可能とされた現象が、量子の世界では起こり得る――
 その事実は、私たちの思考にも、まだ見えていない“別の見方”があることを示唆しているように思えます。
  

 今の世の中では、ものごとがうまくいかない時、出口がないように感じ苦しんでいる人が多いはずです。こういう時は、自分の中で考えが堂々巡りしている場合が大半ですが、視点を変えることで、問題は思いのほか容易に解けることもあるのです。

 解決困難と思える難しい命題も、別の物差し(物理理論)で考えると、いとも容易に解決できるということですが、これを我々の日常生活での悩みの解消方法に置き替えてみるなら、最も容易で効果的な方法は、「他の人に相談する」、「他人の意見を聞く」という事になるのかもしれません。


6.二つの歌詞が指し示す、外なる無限と内なる深淵
 私自身は、無宗教で讃美歌には疎いのですが、讃美歌としての『いつくしみ深き』の詩を読むと、「心の嘆きを つつまずのべて などかは降ろさぬ 負える重荷を」「いつくしみ深き 友なるイエスは われらの弱きを 知りてあわれむ」と書かれています。

 讃美歌での定番的な表現なのかもしれませんが、この言葉は、人が抱える悩みを外に出すことの大切さを、静かに語りかけているように思えます。悩みを抱えることは人の常であり、それを外へ開くことによって、初めて心は整えられていくのかもしれません。

 一方、『星の界』の歌詞が指し示すのは、単なる宇宙の広大さだけではなく、それは、思考の限界を超えようとする人間の意志そのもののように感じられます。

 『星の界』が無限の宇宙へと視線を広げた歌であるならば、『いつくしみ深き』は、人の心の内側へと静かに深く降りてくる歌なのかもしれません。


<<参考情報>>
(*1)「いつくしみ深き」の作詞者、作曲者
・作詞は、アイルランド系カナダ人のジョセフ・M・スクリヴンです。彼は1860年ごろ、遠い祖国に残してきた母親が重病になったという知らせを受け、彼女を慰めようとしてこの詩を書いたということです。

・作曲は、アメリカ人の法律家で作曲家のチャールズ・C・コンヴァースです。スクリヴンの書いた詩に感動して、1865年にその詩に曲を付けています。


(*2)「量子もつれ」での情報伝搬の仕組み
・ここが一番の「不思議ポイント」ですが、結論から言うと、「何か(粒子や波など)が空間を飛んで伝わっているわけではない」と考えられています。

・「一方の状態が決まると、瞬時にもう一方が決まる」のですが、これを使って「光速を超えてメッセージを送る」ことはできません。つまり、一方から一方へ情報を送るような操作はされておらず、何かが移動するわけではないのです。結局、現時点では確定的な仕組みは、未だ解明されていません。

・物質そのものを飛ばすのではなく、量子の『状態(情報)』だけを、別の場所に一瞬でコピーする【量子テレポーション】という技術も研究されています。ただ、これも実際にコピー(複製)が作られるのではなく、「中身が移動した」ように見えるだけで、光速を超えて何かを実際に送ることはできないのです。

 

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