忘れられていた旋律が、思いがけない形で再び息を吹き返すことがあります。65年前、松島アキラが歌った『あゝ青春に花よ咲け』も、時の流れの中で次第に忘れられていった一曲でした。
ところが近年、この歌は思いがけない形で再び光を当てられることになります。その契機となったのは、現代の人気アーティスト藤井風(かぜ)による、ピアノ演奏のYouTube動画でした。
1.松島アキラと舟木一夫のエピソード
今ではその名を知る人も少なくなった松島アキラですが、昭和30年代後半、橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦が、御三家と言われて歌謡界を席巻する少し前、青春歌謡の担い手として人気を博した歌手で、当時の歌謡界に確かな足跡を残しています。
特に昭和36年(1961)に歌ったデビュー曲『湖愁』は大ヒットし、今もシルバー世代がカラオケで歌う持ち歌の一つになっています。表題曲『あゝ青春に花よ咲け』も、昭和37年のNHK紅白歌合戦で歌っていますので、当時はかなり流行った歌でした。
松島は舟木一夫の歌手デビューのきっかけを作ったことでも知られていますが、それにはこんなエピソードがあります。
『湖愁』でデビューし人気が出始めた頃、ジャズ喫茶で「松島アキラショー」を開催していましたが、そのショーを舟木が友人と一緒に観覧していました。
公演中、『湖愁』を一緒に歌う相手を松島が呼びかけたところ、客席の舟木は隣席の友人から手首を掴まれ、挙手させられてしまいます。
そこで、舟木は松島と『湖愁』をデュエットし、その光景が当日松島を取材していた週刊誌記者の目に止まり、芸能プロへ伝えたことが、舟木の歌手デビューへ繋がったそうです。
2.人気アーティスト藤井風による昭和歌謡の演奏
一方、上記リンク先の映像でこの曲を演奏している藤井風は、現在幅広いジャンルで活躍中の若手音楽家です。ピアノ演奏では、クラシックやジャズの他、ソウル・ポップス・歌謡曲・演歌など、多様なジャンルの曲をカバーしています。
今では海外公演も多い人気アーティストですが、当初は岡山の実家が営んでいる喫茶店での演奏風景を、YouTubeで動画投稿していて、そこから広く知られるようになりました。
YouTubeで公開された演奏は、単なるカバーにとどまらず、原曲の持つ情感を現代的な響きへと巧みにアレンジしています。今の時代の感性によって再解釈し、原曲に現在の空気を吹き込んでいることが、注目されている理由の一つだと思います。
3.様々な形での古い歌の継承
以前、本ブログで『三百六十五夜』の歌を紹介した中で、『流行歌は、なぜ時代と共に人々の記憶から消えていきやすいのか』について、少し考えてみたことがあります。
長く忘れられていた表題曲のような昔の歌謡曲を、藤井風という現代の人気アーティストが、YouTube動画を通して蘇らせてくれるのは素晴らしい事です。
一方、昔の良い歌の継承にはこれ以外にも様々な形があります。このブログでの歌紹介の基にさせていただいている歌サイトは『二木鉱三のうた物語』というブログです。そこに収録されている演奏曲の一般公開自体が、昔の歌の継承に寄与していることになります。
埋もれている昔の名曲をデジタル演奏し、インストゥルメンタル化(*1)して公開されている、二木鉱三さんの無償での膨大な楽曲コンテンツの蓄積は、ちょっとした文化遺産のようでもあり、大きな意義を持っていると感じています。
4.青春期の憧憬やせつなさを描いた歌
この『あゝ青春に花よ咲け』は、前奏が実にダイナミックで、クラシック曲が演奏され始めるのかと思ってしまうほどですが、青春期の憧憬や切なさを静かに描き出している味わい深い一曲です。藤井風によるアレンジや超絶的な演奏も光っています。
青春賛歌のような雰囲気を漂わせていますが、こういった系統での代表的な歌は、昭和24年(1949)に発表され大ヒットした『青い山脈』でしょう。
ただ、この歌では戦前の抑圧された社会体制から解き放された開放感がにじみ出ているのに対し、『あゝ青春に花よ咲け』にはそういう社会全般に対する想いはなく、純粋に個人の情感が詠われています。
下記の歌詞は、一見すると平明で、ありふれた言葉の連なりのように見えるかもしれません。しかし、じっくり吟味していくと、純粋な若者の恋心が巧みにとらえられ、それをこの短い歌詞の中で精妙に描いた、見事な作品だということが分かってきます。
この曲に共感を覚えるのは、今青春の渦中にいる人たちだけではないでしょう。過ぎ去った自らの青春期を想い返した時、多くの人がこの歌に、かつての自らの姿を見出すのではないでしょうか。
『あゝ青春に花よ咲け』唄:松島アキラ
作詞:宮川哲夫 作曲:渡久地政信
1.流れる雲は 風に乗り
小鳥は唄う 青い空
花よ、咲け咲け青春の
夢を彩る 赤い花
涙も甘き 恋の花
2. やさしき君を一目見て
ほのかに燃えし 恋ごころ
誰に、語らんこの嘆き
君は命の花なのと
しのべどつきぬこの想い
3. 夢見るために 夢に酔い
恋するために 恋に酔う
花よ、咲け咲け青春の
胸に火ともす 赤い花
あこがれもやす 恋の花
5.人生の四住期の中での “青春”
ここで、この歌の「青春」という言葉をもう少し広く捉えるため、古代中国の思想に少し目を向けてみたいと思います。
この曲で詠われている『青春』という言葉は、古代中国の陰陽思想からきているもので、陰陽では人生の年代を、四住期(しじゅうき)として、次の4つに大きく分類しています。
青春: 誕生~25 歳頃まで
朱夏: 25 歳頃~60 歳頃まで
白秋: 60 歳頃~75 歳頃まで
玄冬: 75 歳頃~
この分類でいくと、青春の終わり頃というのは25 歳前後になりますが、ちょうど結婚する人の多い年頃で感覚的にも合いそうです。
ただ現在では、全体的に婚期が遅れ30 歳頃に結婚する人が増えてきていますので、上記分類の年齢に5 歳ほど上積みした方が、今ではピッタリ感があるかもしれません。
6.著名な詩にも謳われた『青春』
このように、『青春』は何時までも続くことはなく、人は必ず老いていきます。“青春” を謳った詩では、1920 年頃に、アメリカの実業家で、かつ有名な詩人だったサミュエル・ウルマンが70 代で書いた『青春の詩』が良く知られています。
この詩の中で、特に下記部分が印象に残ります。
青春とは人生の或る期間を言うのではなく
心の様相を言うのだ。
年を重ねるだけで人は老いない、
理想を失う時に初めて老いがくる。
人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる。
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。
「理想を失う時」とありますが、実際には「物事への興味を失う時」と考えた方が、今の時代では実感があるような気がします。
対象が何であっても、常に何かに興味を持ち続けることが大事なのだと思います。
そうすることで、表題曲タイトル『あゝ青春に花よ咲け』の “青春” を、以降の四住期にも置きかえてみることが出来るのでしょう。
青春期には「恋の花」をはじめ、いろんな花が咲きほこっていますが、それぞれの人生の季節にも、それぞれの花が咲く―――。
そう考えると、この歌の「青春」は、決して過去だけのものではないように思えてくるのです。
<<参考音源>>
<<参考情報>>
(*1)インストゥルメンタル
歌声(ボーカル)がなく、楽器の演奏だけで構成された楽曲の定義です。略して「インスト」とも呼ばれ、ポップスやジャズ、BGMなど幅広いジャンルで使われます。
0 件のコメント:
コメントを投稿