風のない夕暮れ、「水面」が鏡のように周囲の風景を映すことがあります。昔の人は、その静かな水面に、自らの姿だけでなく、心の奥にある感情まで映していたのかもしれません。
表題の「水鏡(みずかがみ)」という言葉には、不思議な静けさが感じられます。『水面が鏡のようになって、周囲の景色や人物をくっきりと映し出す現象』を言い表す、優美な古い言葉ですが、現代では日常的に耳にする機会は少なくなっています。
1.古代の人々にとっての水鏡
自分自身の姿や顔が、どのようなものなのか。今では鏡やガラス窓はもとより、写真・映像・スマホの“鏡”機能など、多種多様な手段で容易に認識できますが、古代の人々にとって、その確認は簡単なことではなかったはずです。
鏡そのものは、古代から「三角縁神獣鏡」などの銅鏡が国内でも作られてはいました。けれど、大変貴重なもので権威の象徴として扱われ、庶民が日常生活で使えるような物ではありませんでした。
このため、普通の人達が自分自身を見る手段として、最も使われたのが「水鏡」だったと考えられます。
つまり、ガラスや金属の鏡が普及する以前、古代の人々は、風の止んだ湖面や、澄んだ水瓶(みずがめ)の水に、自分の姿や顔を映して自分というものを認識していたわけです。
水鏡は覗きこんだ者を静かに映し出します。そこに何かが浮かび上がるとき、物語の形を借りて夢想の世界が広がっていくことも多かったでしょう。恋い慕う「想い人」の面影が誘惑するように、水面に揺らぐこともあったかもしれません。
2.自分の心象風景を「水鏡」に映し出した歌
表題曲は、シンガーソングライター・鈴木一平により、昭和55年(1980年)8月に発表された歌です。「叶わぬ恋と知りながらも、愛してしまった男性との切ない別れと、喪失感の中でさまよう女性の心情」を描いたフォークソングの名曲ですが、実は、歌詞の中に“水鏡” という直接的な言葉は一度も登場しません。
しかし、風や雨に打たれて水面を漂い、どこへ行くあてもない枯葉の様子が、失恋の悲しみの中で行き場を失っている主人公の心象風景に重ねられ、鏡のように映し出されています。つまり、水面に浮かぶ枯葉を自分自身の姿と重ね合わせる情景に、タイトルの深い意味が込められているのだと思います。
この歌の魅力は「切なく美しい旋律」と共に、歌詞が感情を激しく吐露していないところにあると感じます。むしろ、静かであるがゆえに、悲しみがより深く伝わる構造になっています。昭和のフォークには、こうした“陰影”を湛えた歌が少なくありませんでした。
悲しみや虚しさを抱えながら、それでもなお相手を忘れきれない心情が、聴く者の胸に沁み込んできます。聴き終えた後、主人公の深い悲しみが、水面の波のように静かに心の中へ伝わってくるのです。
この『水鏡』という歌や、この曲を創った鈴木一平(後に、“すずき一平”と改名)は、一般的にはマイナーな存在のように感じられますが、その静かな世界観を愛し続ける熱烈なファンが、今もたくさんおられます。
近年にも、ジェロという人気アーティストが、この『水鏡』の曲をカバーしていますので、派手さはなくとも根強く人気が続いているのかもしれません。
3.多くの人が、今もCD・レコードを買い求める理由
話は少し変わりますが、最近NHKの「ドキュメント72H」という、『人』に焦点を当てた定点観察の人気番組で、『渋谷の巨大CD・レコード店』に立ち寄る人々の様相が放映されていました(*1)。
その店は、CD・レコードが約80万枚並ぶ、世界最大級の“音楽のデパート”です。配信で音楽を楽しめる時代に、わざわざここを訪れるのは何故なのかを、番組では訪れた人達へのインタビューを通して明らかにしようとしていました。
客層は多様ですが、場所柄もあり、やはり若い人が多いようです。また、海外からの外国人客も目立っていました。
音楽がネットによる配信中心の時代になり、かっては海外にも在ったこうした巨大な実店舗は軒並み廃業に追いやられ、閉店していきました。現在ではこの渋谷の店が国内のみならず、世界にも類を見ない「音楽の聖地」になっています。
音楽の聴き方は、今は配信が主流ですが、CDやレコードの持つ価値が全て失われたという事ではないはずです。むしろ、『自分だけの音楽を手にとることができる』という、別の意義がそこに宿るようになったように思えます。配信音楽には無い、実物での所有感が魅力の一つなのでしょう。
また、「人」が懐かしい音楽を聴くのは、単に「音」を聴きたいのではなく、その歌に出会った頃の記憶や、自分が生きていた時間そのものを、もう一度手に取りたいのだと思うのです。CDやレコードは、そうした“時間”の象徴として、手元に置いておくのに相応しい存在なのでしょう。
4.「NO MUSIC.NO LIFE.」という旗印
番組では、ブラジル移住した老夫婦が数十年ぶりに日本を訪れ、波乱万丈の人生に寄り添ってきた演歌のCDを手にとって「サウダージ(郷愁)」と懐かしんでいる様子も映されていました。また、この店に来る客は、「実物のCDやレコードを自分の目で見て探す」、という行為自体を楽しんでいるように見えました。
この店のキャッチコピーは、「NO MUSIC.NO LIFE.」という言葉だそうですが、それは単なるキャッチコピーというより、音楽に支えられて人生を奮闘する人たちの「旗印」のような言葉になっているようにも感じられます。
人気のある歌のジャンルは、やはりJ-POPやロック系のようでしたが、『水鏡』のような、時代の陰影を湛えた歌を、今なお探し求める人々も中にはおられるでしょう。
こうした歌は、膨大な商品の棚のどこかで、静かに誰かに見つけられるのを待っているのかもしれません。
5.水鏡に映る幽玄の世界
表題曲・『水鏡』の歌詞には、「幸せと不幸の “別れ道”」や「苦しみおぼえた “迷い道”」といった言葉が出てきます。
主人公が、これまでを振り返りながら「あの時こうしておけば」と後悔している様子が伺えますが、昔から『水鏡』は、こうした迷い人を、夢幻の世界へ誘う道具としても使われてきました(*2)。
古代の「鏡」は、主に祭祀に用いられていましたが、単なる道具というより、人の内面を映す存在として扱われていました。「水鏡」もまた、形あるもの、形ないもの、見えるもの、見えないもの、いわゆる幽玄の世界を映し出します。
静かな水面を覗き込む時、そこに映るのは自分の姿だけではなく、言葉にならない感情や、忘れられない面影、そして心の奥底にある孤独なのでしょう。そして、揺らぐ水面の奥に、自分でも気づかなかった「本当の自分」を見出すことがあります。
さらに、何かを求めて注意深く覗きこめば、そこには未来の可能性さえ映し出されているかもしれません。
『水鏡』という歌が、今なお人の胸を打つのは、その静かな揺らぎが、私たち自身の心にも、どこか重なるからなのかもしれません。
<<参考情報>>
(*1) NHKドキュメント72時間「渋谷 “音楽の塔” みんなのプレイリスト」
・初回放送: 5月22日(金)[総合]午後10:00
・撮影時の対象となった場所は、「タワーレコード渋谷店ビル」で、店名は「タワーレコード渋谷店(タワーレコード株式会社)」でした。
・参考、及び一部引用記事: 音楽評論家・柴 那典が味わう「ドキュメント72時間」
(*2)夢幻の世界
平安時代の歌人・紀貫之の和歌集には、「水鏡」にまつわる次のような歌が収められています。
『手に掬ぶ(むすぶ) 水に宿れる月影の あるかなきかの 世にこそありけれ』
水に映る月影の様子を描いた歌ですが、描かれているのは、いつ消えるか分からない儚い幻想的な光景です。
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