君の名は(歌:リンク)
人は、忘れようと思えば思うほど、忘れられなくなることがあります。昭和27年(1952)NHKラジオで始まった連続放送劇『君の名は』は、そんな “忘れられない想い” を描いた物語でした。
ドラマは、毎回【忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ――】という印象的なナレーションから始まりました。この物語は、戦後間もない日本の人々の心をつかみ、やがて映画化され、主題歌もまた人々の心に深く刻まれていきます。
そして今、この歌を聴き返してみると、そこには一組の男女の悲恋だけではなく、「忘れたくても忘れられない」という、人間の心そのものが描かれているように感じられます。
今回は、この懐かしい歌を手掛かりに、「忘れ得ぬ人」という言葉が、人の心に何を残すのかを、少し考えてみたいと思います。
1.ラジオドラマ『君の名は』の大流行
今、『君の名は』というこの歌のタイトルを聞いて、ほとんどの人が思い浮かべるのは、新海誠が監督・脚本を務めた2016 年公開のアニメ映画でしょう。リンク先の歌や元になったNHK ラジオドラマを思い浮かべる人は非常に少なくなっていると思います。
私自身もそうですが、現在この歌を知っている人の中には、直接このドラマや主題歌を見聞きしていたわけではなく、親世代から当時の様子を聞き、何となく知るようになったという人も多いのではないでしょうか。
昭和27年(1952)に、NHKラジオ放送で『君の名は』のドラマが始まり、その主題歌として大ヒットした曲ですが、このラジオドラマの放送時間になると、銭湯の女湯が空っぽになったという逸話まで生まれました。
娯楽が少なかった時代、このラジオドラマを楽しみにしていた人が、いかに多かったのか分かる逸話です。
2.映画化と岸恵子、「花のいのちは」
このドラマは、昭和28年(1953)~29年に岸恵子と佐田啓二の主演で映画化されています。映画は第一部から第三部までの三部作として制作され、それぞれの作品には、いくつもの主題歌や挿入歌が用意されました。
第一部では「君の名は」「君いとしき人よ」、第二部では「花のいのちは」「黒百合の花」、第三部では「君は遥かな」「忘れ得ぬ人」「数寄屋橋エレジー」「綾の歌」など、多くの歌が作られました。
この中で、よく知られているのが第一部主題歌の「君の名は」で、レコードでは織井茂子が歌い昭和28年(1953)9月に発売されました。また、第二部主題歌の「花のいのちは」は岡本敦郎と岸恵子が歌っています。岸恵子が流行歌を吹き込んだのは、後にも先にもこの一曲だけ(*1)とされており、その意味でも大変貴重な歌です。
「花のいのちは」での録音(岸恵子は2番と3番を歌唱)を聴くと、後年でのインタビュー映像などで話されている岸恵子さんの声質とは少し異なり、高音でのきれいな歌声が印象的で、驚きました。
第一部主題歌となった「君の名は」は、主旋律はもちろんイントロや間奏も本当に素晴らしく、作曲した古関裕而の音楽的才能に改めて感銘を受けます。
作詞したのは菊田一夫ですが、菊田の経歴やエピソードについては、表題リンク先で二木鉱三さんが詳しく解説されています。
3.「忘却とは……」という有名なナレーション
ところで、NHKラジオドラマ「君の名は」の冒頭では、有名な次のナレーションが流れました。
【忘却とは忘れ去ることなり。 忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ】
また、昭和28年1月からは、物語の進行やドラマの深まりに合わせて、次のナレーションのフレーズが追加されています。
【忘れ得ぬ人とは遠き人を云うなり。人は常に忘れ得ぬ人を忘れよと云う】
ドラマの筋書きを知らずに、冒頭のナレーションだけを聴くと、この言葉の意味するところが分かりにくいと思いますが、ドラマのあらすじは概ね次のようになっています。(*2)
【第二次大戦、東京大空襲の夜。焼夷弾が降り注ぐ中、たまたま一緒になった見知らぬ男女、氏家真知子(うじいえ まちこ)と後宮春樹(あとみや はるき)は助け合って戦火の中を逃げ惑ううちに、命からがら銀座の数寄屋橋までたどり着きます。
一夜が明けて、二人はここでようやくお互いの無事を確認します。もし二人とも生きていたら、半年後の11月24日、この橋で会おうと約束し、お互いの名も知らぬまま別れました。
やがて、二人は戦後の渦に巻き込まれ、お互いに数寄屋橋で相手を待つも再会が叶わず、1年半後、三度目にしてようやく再会できた時には、真知子はすでに、明日嫁ぐという身になっていました。
この後、九州から北海道まで全国を舞台とした真知子と春樹のすれ違いが続きます。】
つまり、真知子は既に他の人と結婚することになっているため、想い人の後宮春樹のことを “忘れようとせざるを得ない” という、ドラマ設定になっています。
こうした物語の背景を知ると、冒頭のナレーションは、まさに真知子が春樹を忘れようとしても忘れられない、その切ない心境と重なって聞こえてきます。
4.「忘れ得ぬ人」から国木田独歩へ
ところで、追加されたナレーションには、「忘れ得ぬ人とは遠き人を云うなり」という言葉がでてきます。
このナレーションでの真意と同じではありませんが、私はこの言葉から明治時代の作家・国木田独歩が書いた、『忘れえぬ人々』という有名な短編小説を連想しました。
歌の話からは少し離れますが、ここからはこの短編小説について少し考えてみたいと思います。
この小説でいう「忘れえぬ人々」は、氏家真知子にとっての後宮春樹とは少し違います。旅先などで一瞬すれ違っただけの赤の他人なのに、なぜかふとした拍子に思い出し、どうしても忘れられない人々のことです。
小説の中で、主人公が挙げているのは、次のような人たちです。
・瀬戸内海を通る汽船の甲板の上。右舷に見えた小島をなにげなく見下ろしていた時、引き潮痕(あと)のその浜辺で、小さな磯を漁(あさ)っていた寂しげな漁夫。
・阿蘇山の噴煙を見上げる麓(ふもと)の高原。日暮れ時の夕闇の中、空の荷車を引き、悲し気な馬子唄(まごうた)を歌いながら、こちらを見向きもせず通り過ぎた若者。
・四国三津が浜での朝。魚市場近くの雑踏の中、忙し気な巷(ちまた)の人は誰一人顧みない町の片隅で、物悲しく咽(むせ)ぶような音を奏でていた中年の琵琶僧。
主人公は、こうした名もない平凡な人々の印象が、なぜか自分の脳裏から一生離れないのだと静かに語っています。そこには、彼らは「自分自身の影」のような存在で、自分が彼らと入れ替わっていたとしても、なんら不思議ではないという感覚があったように思えます。
5.「忘れえぬ人」には人間が本質的に持つ寂寥感が投影
彼らは仕事仲間や家族といった複雑な人間関係から切り離され、広大な自然や寂れた風景の中に、ぽつんと「ただそこに在る」姿として描かれています。
社会的な肩書や利害関係を取り払ったとき、人間がむき出しのままで抱えている「孤独」や「生への執念」が浮き彫りになります。
彼らは、何か特別なことをしている人たちではありません。ただ、それぞれの場所で、黙々と生きている。その何気ない姿が、なぜか主人公の心から離れないのです。
利害関係のない赤の他人だからこそ、社会的仮面を剥ぎ取った「むき出しの人間の姿」が純粋に映し出され、主人公の心に深く突き刺さったのだと解釈できるのです。
こうした人間の孤独や「ただそこに生きている」という感覚は、後の時代に現れる実存主義が問いかける問題とも、どこか響き合っているように思えます。
「私たちは人生の中で、誰とも本当の意味で深く分かり合えないまま孤独に生きているが、それゆえに、ふとすれ違った赤の他人の孤独な姿に、自分の魂の影を見て強く共鳴してしまう」。
私は、国木田独歩がこの作品で描こうとしたものの一つに、こうした人間の寂寥感(せきりょうかん)があったのではないかと思います。
効率や利害関係ばかりが優先される日常の中で、忘れ去っても困らないような「名もなき他人の後ろ姿」に美や真実を見出してしまう。
――そんな人間の感傷的で美しい感性を、独歩は自然描写とともに描き出そうとしたと考えられるのです。
6.岸恵子さんの生き方と、その死を悼む
「忘れ得ぬ人」という言葉から、国木田独歩の作品へと少し寄り道をしました。ここで、もう一度『君の名は』に戻りたいと思います。
この映画で氏家真知子を演じた岸恵子さんもまた、戦争という時代の記憶を心に刻みながら、自分の人生を切り開いていった一人でした。
彼女は子供の頃、『君の名は』のヒロインと同じように、大空襲を体験しています。1945年5月、12歳(国民学校6年生)の時に横浜大空襲で被災されました。
大人たちに防空壕へ放り込まれましたが、「ここにいたら死ぬ」と直感し、自力で抜け出しました。その後、その防空壕は攻撃を受けて多くの子供が亡くなったそうです。
炎と煙の中を生還した経験から、「大人の言うことは絶対ではない、自分の思う通りに生きる、今日で子供をやめる」と、この時に強く決意したそうです。
この戦争体験と強い自立心が、のちの俳優やジャーナリストとしての華やかなキャリアや、自由を求める精神の原点となっています。
戦後、映画俳優として大活躍しますが、超多忙な俳優生活に疑問を抱き、1957年4月に日本を出国。同年5月に、著名なフランスの映画監督イヴ・シャンピと結婚しました。
以降はパリに居を構え、フランスと日本を往復しながら女優を続け、「空飛ぶマダム」とも言われていたようです。
この頃、夫のイヴ・シャンピを介して、ジャン=ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、アンドレ・マルロー、ジャン・コクトー、サルバドール・ダリ夫妻らの著名人とも親交を持っていたようです。
岸恵子さんがフランスで暮らし、サルトルやボーヴォワールらとも交流したという話を知ると、先ほど触れた「実存」という言葉が、偶然にも岸さん自身の生き方と重なって見えてきます。
元々ジャーナリスティックなテーマに興味を持たれていたようですが、晩年は故郷である横浜の実家を拠点にして、エッセイの執筆やメディア出演、トークショーなどを精力的にこなされていました。
映画『君の名は』が公開されてから、すでに70年以上の歳月が流れました。そして2026年8月7日、そのヒロインを演じた岸恵子さんが93歳で亡くなられました。
ご冥福をお祈りするとともに、岸恵子さんの幅広い活躍が、これからも人々の記憶に残り続けることを願っています。
そして、岸恵子さんがヒロインを演じた映画『君の名は』と、その主題歌であるこの歌もまた、時代を超えて人々の心に残り、歌い継がれていくことを願わずにはおられません。
<<参考音源>>
・織井茂子が歌う『君の名は』(歌:リンク)
<<参考文献>>
・青空文庫 『忘れえぬ人々』 国木田独歩 著
<<参考情報>>
(*1)岸恵子さんの歌声の録音
CD「岡本敦郎名唱集」解説には、岸恵子が流行歌を吹き込んだのは、後にも先にもこの『花のいのちは』一曲だけと記されています。
(*2)NHKラジオドラマでの声優
後の映画では、氏家真知子(うじいえ まちこ)を岸恵子、後宮春樹(あとみや はるき)を佐田啓二が演じましたが、元のラジオドラマでは、氏家真知子の声を阿里道子、後宮春樹の声を北沢彪が朗読しています。
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