2026-07-26

新沼謙治の南部牛追唄(“温故知新” を体現した、現代によみがえる魂の響き)

 新沼謙治の南部牛追唄(歌:リンク)

 初めてこの『南部牛追唄』を耳にしたとき、私は「これが本当に民謡なのか」と思いました。どこまでも伸びる新沼謙治の歌声と、その背後から包み込むように響く杉並児童合唱団のコーラス。その瞬間、古い民謡という先入観は完全に覆されました。



1.民謡を叙事詩的な作品へと昇華した作品
 新沼謙治と杉並児童合唱団によるこの『南部牛追唄』は、民謡本来の姿を尊重しつつも非常に完成度の高いアレンジが施され、情緒豊かな素晴らしい作品になっています。

 伝統的な民謡では「牛方の孤独や山道での心細さ」が表現されていますが、その中に合唱団の響きが加わることで、「現代的な “聴きやすさ”と“温かさ”」が加わっているように感じられます。

 原曲の魂を壊さず、民謡を「過去の遺物」としてではなく、今を生きる人々の心に響く「叙事詩的な作品」へと昇華した、見事なアレンジ(編曲)です。


2.編曲のエピソード
 それでは、この見事なアレンジ(編曲)はどういう経緯で実現されたのでしょうか。これには、東日本大震災からの復興活動に関わる深いエピソードがあります。
 

 平成23年(2011) 3月に起きた東日本大震災後、岩手県大船渡市出身の歌手・新沼謙治は、故郷の復興を願って『ふるさとは今もかわらず』という楽曲を作詞・作曲しました。

 この曲に深い感銘を受けたのが、遠く離れた長崎県を中心に活動していた音楽家の尼崎裕子さんでした。その思いに心を動かされた尼崎さんは、自ら合唱編曲(コーラスアレンジ)を申し出ました。

 尼崎さんが編曲した『ふるさとは今もかわらず』は、岩手県の大船渡市立第一中学校、長崎県の長崎市立岩屋中学校、そして東京の杉並児童合唱団が合同でコーラスを担当するという、地域を越えた一大プロジェクトとなりました。

 この素晴らしい音楽の縁がベースとなり、平成25年(2013)にリリースされた新沼のミニアルバム『ふるさとの風景』。この中に収録されている、岩手民謡「南部牛追唄」の編曲も、引き続き尼崎裕子さんが手がけることになったのです。


3.伝統民謡に新しい命を吹き込むアプローチ
 『南部牛追唄』は本来、伴奏がなく、歌い手の息づかいだけで朗々と引き伸ばして歌う、非常に難易度の高い岩手の代表的な伝統民謡です。

 クラシックや合唱の専門家である尼崎さんは、新沼の故郷への熱い思いと、杉並児童合唱団の澄んだ歌声を融合させるため、伝統的な民謡の味わいを壊さずに、現代の合唱や管弦の響きに調和させる洗練されたアレンジを施しました。

 これによって、お年寄りから子供まで親しみやすい「新しい故郷の歌」として生まれ変わりました。


4.南部とは単なる方位ではない
 この唄のタイトルにある「南部」とは、現在の岩手県を中心とした地域を指します。江戸時代、この地を治めていたのは南部藩(盛岡藩など)でした。
 現在の岩手県北中部から青森県東部にかけて広大な領土を持っており、この地域は古くから馬や牛の産地として有名でした。

 したがって、この歌における「南部」とは、単なる方位を指しているのではなく、かつての南部藩領という「地域の誇り」や「故郷」を指す愛称として使われています。


5.「牛方」という職業の気質
 原曲(沢内牛追唄)は、藩政時代に「牛方(うしかた)」と呼ばれた人々によって歌い継がれてきた仕事歌(労働歌)です。 当時、物流の主役は牛でした。

 牛方は米、塩、海産物などの重い荷物を牛の背に載せ、人里離れた険しい峠や山道を何日もかけて盛岡の街まで運んでいました。

 一人の牛方が7~8頭の牛を従えて悠々と山坂を越えていく姿は、当時の物流を支えるプロフェッショナルの誇りに満ちていました。
 そのため、メロディは哀愁を帯びつつも、どこか力強くスケールの大きいものになっています。

 また、この歌詞には、「田舎なれども 南部の国は 西も東も 金の山」という有名な一節がありますが、これは必ずしも実際の金山だけを意味するのではありません。

 この言葉には「米などの農産物や海産物といった、生活を支える豊かな資源(金にも値する恵み)が溢れている」という、故郷に対する誇りが込められているとも解釈されています。


6.「サンサエー」という囃子言葉が表現しているもの
 また、この歌詞には、「サンサエー」という言葉が繰り返し現れます。この言葉は、囃子言葉の一種で特定の直接的な意味(辞書に載っているような単語の意味)があるわけではありません。

 しかし、岩手県の民謡文化や歴史的背景を紐解くと、この「サンサ」という言葉には深い意味合いや繋がりが見えてきます。

 岩手の伝承では、悪鬼を追い払った里人たちが喜びのあまり「さんさ、さんさ」と踊ったという “三ツ石伝説(盛岡さんさ踊りの由来)” と結び付けて語られることもあり、「喜び・祝い・一体感」を表現する言霊のようなニュアンスを含んでいます。 

 一方、過酷な山道で牛を引く牛方たちにとって、この『サンサエー』という響きには、単なる飾り以上の実用的な意味(役割)がありました。周囲に人家のない深い山中や、夜間の移動において、自分の声を響かせることは魔除けや寂しさを紛らわせる手段でもありました。

 あの哀愁を帯びた「サンサエー」という伸びやかな声は、過酷な環境に耐える牛方たちの「心の叫び」や「気力」の表れでもあったと考えられます。

 つまり、この「サンサエー」という言葉は、岩手の風土や歴史の中で、人々の喜びや哀しみ、そして働く人々のエネルギーを乗せて何百年も受け継がれてきた「魂の響き」のようなものなのです。


7.伝統的な民謡の数
  一般的に“民謡” と呼ばれてきたこうした唄は、古くから日本の各地で人々の生活の中で自然発生的に生まれ、口承で伝えられてきた歌です。
 旧南部藩地域だけでも、この『南部牛追唄』の他にも、「南部木挽き唄、南部駒ひき唄、南部子守唄、南部田植え唄、南部茶屋節、・・・」など20以上の唄が伝わっています。

 全国的には、江差追分(北海道)、佐渡おけさ(新潟県)、安来節(島根県)、よさこい節(高知県)、黒田節(福岡県)、などが有名ですが、作詞者や作曲者が特定できないものがほとんどで、それぞれの唄にはその土地の風土や歴史が色濃く反映されています。

 日本全国に存在する民謡(古くから口承で伝わる唄)の数は、調査によって異なりますが、文化庁や研究機関の調査では、約58,000曲(*1)が現存していると記録されています。

 この中で、実際に現在も一般的に唄われたり、盆踊りや祭り、舞台などで広く親しまれたりしている代表的な曲は、約700~1,000曲程度のようです。

 民謡は、楽譜によって受け継がれてきた音楽ではありません。その土地に生きた人々の暮らしや喜び、苦しみを、人から人へ歌い継ぐことで命をつないできた文化です。だからこそ、現代に生きる私たちの心にも、時代を超えてまっすぐ届くのでしょう。


8.この歌は、新沼謙治のライフワーク
 私は以前、新沼謙治をテレビの歌番組で見かけるたび、温厚で誠実そうな人柄には好感を持っていました。
 しかし、この『南部牛追唄』を聴くまでは、これほど圧倒的な歌唱力を秘めた歌手だとは思ってもいませんでした。

 一般的な歌謡曲では出せなかった彼の本領が、この歌では十二分に発揮されていると感じます。何事も、特に人に対しては先入観を持ってしまうと、その人の良いところを見逃がしてしまう恐れがあるという好例かもしれません。

 新沼謙治はデビュー当時から「ふるさと」を歌い続けてきた歌手です。東京で活動する中で、岩手の雄大な自然や厳しい冬の風景を思うとき、この『南部牛追唄』は彼にとっての精神的なルーツを再確認する曲でした。

 新沼は自身のデビュー記念アルバムなど、節目となる作品で繰り返しこの曲を収録しており、その時々の円熟味に合わせてアレンジを微調整し続けています。
 それは、彼がこの曲を「完成させて終わり」にするのではなく、自分自身の成長と共に歌い続けたいと考えているからなのでしょう。


9.伝統民謡と新民謡の違い
 『南部牛追唄』のような伝統民謡に対し、「新民謡」と称される歌があります。これは、大正時代から昭和初期にかけて、レコード産業の発展とともにブームとなった「新しい民謡」のことです。
 伝統的な民謡をベースにしながらも、プロの作詞家や作曲家によって明確に作られた楽曲です。

 基本は民謡調ですが、ピアノ伴奏や西洋音楽の要素を取り入れたもの、行進曲風のものなど、必ずしも伝統的な民謡の形式にとらわれていません。主に、観光地や物産の宣伝、郷土愛の鼓舞、あるいは流行歌として制作されるケースが多くありました。

 ひとことで言えば、「伝統民謡」は土地の生活と共に育まれた伝承文化であり、「新民謡」は民謡の魅力を活かしつつ、時代に合わせて作られた創作歌曲であるといえます。 

 新沼謙治と杉並児童合唱団によるこの『南部牛追唄』は、大きくは新民謡に属すると言えますが、商業主義的な目的がなかったこと、創作ではなく伝統民謡の姿をほぼ残しながら現代風にアレンジしているという点で、「新民謡」ともやや趣を異にしている気がします。


10.「温故知新」という言葉を体現したような試み
 表題の『南部牛追唄』では、本来厳しい仕事歌(労働歌)であったはずのこの曲がどこか温かく、民謡の枠を超えて次世代に語り継ぐべき「宝物」のように響かせる歌に昇華しています。

 こうした試みは、伝統民謡に対してだけでなく、昔の歌謡曲などもっと広範囲に行われてもよさそうです。

 『温故知新』という言葉がありますが、これは単に昔のものを懐かしむのではなく、過去の事実や経験を土台にして新しい価値を生みだす姿勢を指しています。

 古いものを守るだけでも、新しいものを追い求めるだけでもない。受け継いできた文化に現代の感性を重ね、新たな命を吹き込む。
――新沼謙治の『南部牛追唄』は、まさに「温故知新」という言葉を音楽で体現した、好例ではないでしょうか。


<<参考音源>>
『南部牛追唄』の一人唄い(歌:リンク)
・歌い手のお名前は分かりませんが、名人級の方だと思います。
・岩手県岩泉町には「南部牛追唄発祥の地」とされる記念碑などがあり、毎年9月には全国から歌い手が集まってその歌唱力を競う全国大会が開催されています。


<<補足情報>>

(*1)日本全国に存在する民謡の数
 1987年に文化庁により実施された、全国の民謡の残存状況に関する緊急調査では、およそ58,000曲が確認・記録されました。
 しかし、これらは全国の集落に残る細かいバリエーション(異生化された唄)も含んだ数字で、実質的には20,000曲程度と推定されます。

 

0 件のコメント: