2026-08-09

「窓に凭れて」と「追憶」(若き日を偲ぶ歌が映し出す、遠い青春へのまなざし)

 窓に凭れて(歌:リンク)

 『窓に凭れて』――この題名を初めて見て、すぐに読める人は今では少ないでしょう。「まどにもたれて」と読みますが、私もこの曲を知らなかったら読むことはできなかったと思います。

 にもかかわらず、題名にこうした漢字が使われているということは、この歌が出た当時は、普通にこの漢字を読める人が大半だったのでしょう。


1.古賀政男が作曲した戦前の歌謡曲
 「凭れる」という表記からも、この歌がかなり古い時代の作品であることが伺えますが、実際『窓に凭れて』は昭和6年(1931)に発表された古賀政男作曲の初期作品です。

 発表当時はかなり流行った歌だったのでしょう。その証拠に、私がこの歌を知っているのは、幼い頃私の母親が口ずさんでいたのを耳にしていたからです。
 
 古賀政男は、この翌年(1932年)に『影を慕いて』を発表し、こちらは今も歌い続けられる、戦前昭和歌謡の代表曲の一つとなりました。一方、『窓に凭れて』も音楽的には、負けず劣らず素晴らしい曲だと私には思えるのですが、今では知る人も少なくなっています。

 現在では、この曲もインターネット上の動画サイト(Youtubeなど)を通して、容易に聴くことができますが、動画サイトが誰もが使えるサービスとして本格的に普及する以前は、こうした曲を実際に聴くことは大変難しいことでした。


2.古賀政男音楽博物館での視聴経験
 東京渋谷に『古賀政男音楽博物館』という施設がありますが、私は20年以上前、ここを訪れたことがありました。地下鉄千代田線の「代々木上原駅」から歩いて直ぐの場所でしたが、その施設の3階には古賀メロディーの試聴コーナーがありました。

 そこでは、1,000曲以上の古賀メロディを、自分で曲番号を入力して、耳に装着したヘッドフォンから自由に聴くことが出来ました。
 当時はまだ、YouTubeのような動画サイトから、古い音源を自由に聴ける時代ではありませんでしたので、このコーナーは貴重でした。

 ここで、はじめて関種子(*1)が歌う『窓に凭れて』を聴きましたが、思っていたよりテンポが早かったのが意外でした。
 その時は、何度か聞き返しながら、聴こえてくるこの曲の歌詞をメモして帰りました。

 特に、「たけての今日の この胸に」という箇所の、“たけての今日” という意味がよく分からないままメモしていたのを覚えています。


3.サイレント映画の主題歌として作られた
 島田芳文が作詞した、この曲の歌詞では、冒頭に
     「行きて返らぬ 若き日を 窓に凭れて 思いみる」
とあります。

 それでは、歌詞の中で若き日を回想しているのは、どのような人物で、回想しているのは何歳ぐらいの時点だったのでしょうか。
 実は、この『窓に凭れて』という歌は、昭和6年(1931)12月に公開された新興キネマ映画『姉』の、主題歌として制作されています。


4.歌詞の中で回想している人物を推察
 映画『姉』はサイレント映画であり、現在ではフィルムや詳細なシナリオの多くが散逸しており、ストーリーの細部を完全に辿ることは難しい状況です。 

 しかし、当時の映画の主題歌としての位置づけや、歌詞に込められたモチーフ、および同作が描いた人間模様(家族を支える姉弟の苦難やメロドラマ的要素)を踏まえると、歌の回想人物や年齢について、以下のように推察することができます。

 歌詞冒頭にある「行きて返らぬ 若き日を 窓に凭れて 思いみる」という一節は、映画の主人公である「姉(水原玲子演じるヒロイン・小原道子)」の、家族のために自己を犠牲にした心情に重なるように書かれているのだと、私は考えています。

 映画の中で、主人公の姉は、若くして家庭の重荷を背負い、愛する人を諦めざるを得ない境遇に置かれていました。
 そのため、この歌で窓辺にもたれて遠い日を回想している人物は、「かつては自分にも、夢多き純な青春の日々があったが、人生の荒波や苦難を経てそれを失った」、映画のヒロイン自身の姿そのものであると、(一つの読み方として)推察できるのです。


5.人生の重みを知った女性の哀愁
 歌詞には「夢多かりし かの頃(過去)」と「たけての今日の この胸に 地上の愛の なやましさ(現在)」という対比が描かれています。 

 「たけた(長けた・盛期を過ぎた、あるいは人生経験を積んだ)」という表現や、身寄りや弟妹を支える苦労を背負っている設定から、この歌の主人公は、少女時代を過ぎ人生経験を重ねた、30代中頃の女性ではないかと推定されます。

 今の感覚では、こうした感慨にふけるには早すぎる年代のように思えますが、昭和初期という時代、当時の女性にとって30代以降は、さまざまな人生の選択や家庭の重圧(経済的苦境や身内の世話など)が重くのしかかる年齢でした。

 青春の輝きを過去のものとして振り返りつつ、現実の厳しい愛や悩みに直面している、まさに「人生の重みを知った女性の哀愁」が、この歌詞で表現されていると言えます。


6.『丘を越えて』も同じ映画の主題歌だった
 一方、同じ1931年12月に日本コロムビアから発売され、藤山一郎が歌った『丘を越えて』も、この映画『姉』の主題歌でした。

  『丘を越えて』が大ブレイクし、藤山一郎の歌手としての不動の人気を決定づけた陰で、同じ世界観や映画の雰囲気を、別の角度から彩る女性ボーカル曲として、この関種子が歌った『窓に凭れて』が存在していたのです。

 昭和初期の激動の時代背景のなか、人々の心に寄り添う哀愁を帯びたメロディ-と、家族の情愛を描いた映画の内容が一体となって、この『窓に凭れて』も、当時の観客やリスナーの心を強く打ったのでしょう。

 この『窓に凭れて』は、主人公が若き日を回想している様子が心に染み入る歌ですが、この歌を聴いていて、私はある別の曲を連想しました。同じように昔を偲ぶ場面を詠った、『追憶』という曲です。


7.昔を偲ぶ静謐な名曲『追憶』
追憶(歌:リンク)
 この『追憶』は、静謐(せいひつ)で不思議な魅力がある楽曲です。中学校で習う定番曲の一つでもあったため、耳に残っている方も多いと思いますが、最近ではこの名曲でさえほとんど耳にすることがなくなりました。

 この曲は、国文学者で明治大学教授だった古関吉雄(*2)により作詞され、昭和14年(1939)に発表された日本の歌です。
 原曲はアメリカの讃美歌『Flee as a Bird』ですが、歌詞の内容は古関吉雄作詞による『追憶』とは関係が無く、原曲のメロディだけを借りて、古関吉雄が日本の情緒に合わせた全く新しい歌詞を創作したのです。

(『追憶』の来歴については、上記リンク先で二木鉱三さんによる非常に詳しい解説があります)


8.『追憶』は、現在の音楽教科書からは姿を消している
 この『追憶』は、中学の音楽授業で習う定番曲の一つで、私も中学校でこの歌を習ったのをよく覚えています。特に「転調」部分が特徴的な曲で、「転調」というものを理解するにはこの曲を聴くのが一番早いと教わった記憶があります。

 ただ残念なことに、この曲は、私が確認した範囲では現在の中学校音楽教科書には掲載されていないようです。現在の中学生が、学校の音楽の授業でこの曲を習う機会は、基本的には無くなっています。

 近年の音楽教科書は、伝統的な外国民謡や古い唱歌よりも、生徒にとってより馴染み深い現代の合唱曲やポピュラー音楽、あるいは世界各国の多様な音楽文化にスペースが割かれる傾向にあります。

 昭和世代には懐かしい曲であっても、この『追憶』は今の平成・令和生まれの子供たちや若い世代の音楽教員の間では、すでに知る人ぞ知る古い名曲(あるいは過去の遺産)となっているのです。

 私のような古い世代にとっては残念ではありますが、時代の流れもあって致し方のないことだと思います。
 ただ、一日の終わりに星空を見上げるような物悲しくも美しい情景は、学校の授業という枠を離れ、日本の貴重な歌曲の歴史として静かに受け継がれていってほしいものです。


9.スペイン民謡とされるが確証はない
 ところで、この曲のメロディは元々「スペイン民謡」がルーツ(源流)だと思っていました。しかし、この点については実際に確たる証拠があるわけでもなく、その起源には謎の多い楽曲のようです。

 これはあくまで私個人の憶測に過ぎませんが、曲調からすると、やはりスペイン民謡である可能性が高そうに思えます。私がこれまで耳にしてきたスペイン東部カタルーニャ地方の民謡には、この曲を思わせるような、静謐な雰囲気の作品が少なくありません。

 例えば、クラシックギターの名曲に『アメリアの遺言』という、古いカタルーニャ民謡があります。一音一音が心の奥に沁みとおるような感覚の楽曲で、『追憶』のメロディとなんとなく雰囲気が似ている感じがします。

Petra Polackovaのギター演奏による『アメリアの遺言』(リンク)
 


10.追憶という言葉の意味
 『追憶』という言葉は、「過ぎ去った昔のことに思いをはせ、懐かしんだり心の中でしのんだりすること。ノスタルジア」と辞書には書かれています。

 国文学者が書いただけに、『追憶』の歌詞は非常に格調高いのですが、この詞の中で、過ぎ去った昔を偲んでいるのは、かなりの年配者のように感じられます。 

 歌詞は最後、
    「澄みゆく心に しのばるる昔 ああ なつかしその日」
という一節で、締めくくられていますが、このような感慨を抱くのは、少なくとも50代以降の年齢層の人物のように思えるのです。

 自分の人生が、この先まだどうなるか分からないという、希望(あるいは不安)に満ちた世代では、過ぎ去った過去をしみじみ偲ぶことはあまりないはずですが、人生の先行きが見えだした50代以降の人達は、過去を振り返ることが多くなります。

 それは、「あの時こうしておけば」という後悔や焦燥感ではなく、歳を重ねたからこそ訪れる、純粋な懐かしさとしての「追憶」です。人生の折り返し点を過ぎた成熟した世代だからこそ感じられる、その静かで豊かな感性は非常に味わい深いものです。


11. 過去の光景が色鮮やかに蘇る瞬間
 それでは、このように「過去を振り返る」のはどのようなきっかけで起きるのでしょうか。『追憶』の歌詞では、木陰での「葉うらのそよぎ」や、岸辺での「砕くる月影」が、思い出を誘うとなっています。

 ただ、こうした自然の風景だけが思い出を誘うきっかけになるとは限りません。頭で意識的に思い出す過去もあるでしょうし、中には、五感の刺激によって不意に呼び覚まされる場合もあります。

 何かを口にした瞬間、その香りや味覚から不意に過去のある場面が思い出され、それをきっかけに、その頃住んでいた街の光景や身近に居た人達の記憶が、雪崩(なだれ)のように鮮やかによみがえるということも珍しくありません。

 過去の出来事は消えてしまったのではなく、心の奥深くで静かに息づいています。そして、ある香りや味覚、あるいは一つの旋律をきっかけに、現在と結びつきながら再び鮮やかな色彩を帯びてよみがえります。そんな心の働きこそ、「追憶」という言葉が表す世界なのかもしれません。


<<参考音源>>

・関種子が歌う『窓に凭れて』

・倍賞千恵子が歌う『追憶』
 バラード風に編曲されたバージョンですので、出だしのメロディは原曲とはかなり違っています。


<<参考情報>>
(*1)関種子(せきたねこ)
 岡山県出身で東京音楽学校に進学。坪内逍遥原作・山田耕筰作曲の歌劇「堕ちたる天女」で楽壇デビューし、クラシックのソプラノ歌手として音楽活動を始めました。「堕ちたる天女」の抜粋を吹き込んだのが縁となり、主に初期の古賀メロディーを歌いヒットさせています。

(*2)古関吉雄(こせきよしお)
 古関吉雄と、NHK朝ドラ「エール」の主人公のモデルにもなった作曲家:古関裕而(本名、古関勇治)は、従兄弟(いとこ)の関係にあります。福島県出身の同じ一族で、ともに昭和期の日本の音楽・文化の発展に大きく貢献しました。

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